CDこそ?

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 若者のモノ離れが加速していると言われるのは、ひょっとすると非正規雇用と低賃 金社会のせいもあるかもしれないけれど、スマートフォンは必需にせよ、 オーディオ、カメラ、クルマといったモノに熱中するのは高度成長期を欠乏感とともに過ごした高齢者だと思われる風潮になって きてます。モノとお金はいくら あっても幸せには関係ないからというので人々の意識が物欲より進化したなら結構なことですが、残念ながら恐らくそういう話で はないでしょう。ファントム戦 闘機がベトナムに飛んだ時代には、好景気と日本の戦後復興が一段落したこともあり、普及したテレビの次には駐留米軍の人々も 聞くようなオーディオ装置が欲 しいという空前のブームが巻き起こりました。年収ほどのセットが売れて仕方がないという状況は猫も杓子もであって、元々は音 楽にあまり興味のない人であっ ても買い揃えるし、機械好きの理系趣味の人にとってもいいおもちゃとなりました。しかしそういうバブルはいずれ萎むもので あって、その後のオーディオ機器 の不人気は案外本来の注目度に戻っただけとも言えるかもしれません。カメラが携帯組み込みのもので十分と考えられることが多 くなったのに似て、音楽を聞くのも スマートフォンからヘッドフォン経由というのが大勢となり、それに起因してオーディオ・セットはますます売れなくなります。 ジョブズは凄いなと思う一方 で、海外でビル・ゲイツが買うような何千万のハイエンド機が登場して貧富の差を見せつけられるのも嫌気が差します。でも音楽 を聞きたい人にとっては、ダウ ンロードの圧縮音源だけでは不満な場合もあるでしょう。

 そうすると音源は何になるのでしょうか。配信サービスはMP3-320kb/s です。十分と言えば十分ですが、耳のいい人ならどうでしょう。ガラスか真鍮のターンテーブルを備えたハイファイセットでLPレコードを聞きますか。下手な ディジタルより徹底すればいい音になるのは分かっていても、それだと聞けない音楽がたくさん出てきます。メジャーな曲以外は リリースされません。同じこと はSACDやハイ・レゾリューション配信についても言えます。DSDや192KHz/24bit 等のダウンロード音源の数がCDと逆転する時代が来たら話は別ですが、はなはだ疑問です。そうなると結局CDに頼らざるを得ず、CDプレーヤーこそが宝物 ということになります。パソコンのハードディスクなどにリッピングして聞く場合でも、少なくともCDプレーヤーの心臓である DAコンバータは必要になりま す。そしてこの心臓部が、CDを自然な音で聞けるかどうかを決定する重要な鍵を握っています。アンプやスピーカーは、生の楽 器に近いとは言えないながら、 探せばほどほど有機的な音を出してくれるものは見つけられます。専用 の消耗部品も少ないので修理を前提に往年の名器から選ぶことだってできます。しかしディジタル信号をアナログに変換するCDプ レーヤーやDAコンバーターは、星の数ほど出ているにもかかわらず、なかなかアナログの良くできたレコード・プレーヤーの音 質に近づけるものが少ないので す。どうも生気がない、あるいは耳に痛い、生演奏に親しんだ人にはどこか違和感のある、いわゆる「ディジタルくさい音」が大 半のように感じます。

   誤解を招くといけないので一言触れますと、ここで問題にするディジタルくさい音に対して、その反対側にイメージされるであろうアナログ的な良い音とは、ク ラシック・ファンが好むやわらかいだ音だとか真空管独特の温かみのある音、とかいうようなものではありません。そもそも真空 管という媒体の音自体が存在せ ず、真空管のシステムには多い音というものがあるに過ぎません。例えばエネルギーバランスがあまり高音寄りではなく、金属や ガラスを叩いているように聞こ える5キロ〜7キロヘルツあたりの音圧が低めに感じられ、2キロ〜3キロヘルツあたりの中域に濡れたきれいな艶が乗って中低 域が弾むようにろうろうと響く ことであたかもホールにいる心地良さが感じられる音のバランス、のことをここで問題にしているわけではありません。そういう のは作られた良い音です。

   では「ディジタルくさい」とはどういう音なのか。それは次に触れることにして、とりあえず白熱電球に対して蛍光灯の光がいかに明るくても、食べ物が美味し そうに見えないようなことだと言っておけばよいでしょうか。演色性というものは数値化もされていますが、ディジタルくさい音 はデータでは表しにくく、言葉 で「無機的」ぐらいにしか表現できないのが厄介です。




ディジタルくさい音はどこから出て くる?
 
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 CDプレーヤーの登場以来オーディオで一般的になったディジタル方式ですが、出た当初はいわゆる「ディジタル くさい音」というようなことが言われました。今はディジタルだから、とは思われてないかもしれませんが、 音が不十分だという意識もあってかハイ・レゾリューション方式が登場したりもしています。本当に
CDは 方式として問題となる部分があるのでしょうか。情報の細かさとしてはどうなんでしょう。一秒間に44,100回の升目で切っ て65,536通り、ステレオで176,400バイトで処理していますが、それはちゃんと再生されれば十二分な情報量ではな いのでしょうか。

   80年代に録音プロセスでの機材のセッティングや機器間のミスマッチから出てきたバランスの狂ったディジタルくさい音は運用上の問題だったのであって、現 在は解消されていると言っていいでしょう。プロの現場にいない我々は聞くチャンスがあまりないですが、上手く行った最新録音 を同じ情報量のフォーマットで 再生すれば、性質の違いはある にしても決してアナログ録音に劣るとは言えないだろうと思います。しかしコンシューマー向けの CDプレーヤー(DAコンバーター)について言えば注意すべき点があるように感じます。性能の良いアナログのレコード・プレーヤーの方が音に自然さがある と言い続ける人がいるのも一理あるのです。ではどこに問題が潜んでいるのでしょうか。技術者ではないのでそれを説明するに適 任ではありませんが、ここでい くつかの点を整理してみたいと思 います。

周波数特性:
 CDの音が良くない点としてまずよく言われるのが周波数特性です。44.1KHzというサンプリング周波数の決め事から、 20KHz までしか再生できないフォーマットに問題があるという人がいます。20KHz の音は発振器で出すとかろうじて聞こえます。仮に20KHz の音がノコギリ波のような波形に崩れて出て来たとしても、その鋭い角に含まれるより高い倍音はそこから何倍も上の周波数になるので、さすがに聞こえはしな いでしょう。スピーカーで50KHz まで再生可能、というような高性能なものも出てはいますが、それはツイーターの分割振動域を上の方まで追いやるなどして、
可聴帯域の音を楽々と再生することを狙っています。それにもかかわらず、実 際は耳に聞こえなくても人間はそれ以上の周波数まで音場感として感じることができ、その成分が我々をリラックスさせてくれ る、などと言う人もいます。機器の性能の低さで失われた20KHz 以上の倍音を楽音から合成して擬似的に付け足してくれる装置すらあります。あるいはそうかもしれませんが、可聴帯域までしか含まれない LP レコードが良い音とされるのですから、この点はあまり本質的ではなさそうです。

ダイナミックレンジ:
 次にCDはダイナミックレンジ(音の小さいところと大きいところの差)が生の音に対して十分に大きくない とも言われます。これは前記の周波数特性の問題と合わせてSACDが登場した表向きの理由となっています。人の耳のダイナミックレンジは120dBですが
CDは96dBしかないというわけです。でもオーケストラの最大 音圧でも80dB ぐらいなのです。となるとCDで不満な人はジェット機のエンジンを目の前に再現し たいのでしょうか。それにコンサートホールでは心地良いにせよ、普通のCDですらダイナミックレンジが大きめの録音は家庭で は不向きに思えます。無響室でもないかぎり一般の住宅ではある程度雑音があるわけですから、そこで最小の音が聞き取れるぐら いにボリュームを設定したら、フォルテでは家中が鳴り響いて拷問になってしまいます。SACDにしたって、その音が良いと思っている人は実は情報量を 聞いているのではなくて、データ変換の方式の音を聞いてるだけかもしれません。

   ディジタルくさい音というのは、もっと違うところに原因があるのです。それは歪み率何パーセントとか、 S/N比何デシベルというような特性の問題でもありません。新しくてそれらのデータの良い機械が自然な音がするとも限らないのです。もちろん、アナログの アンプなどであっても、使ってある部品の音に癖があって耳に痛い音を出すものがたくさんありますから、そういう昔ながらの原 因も除外すべきでしょう。

オーバーサンプリング・ディジタルフィル ター: 
 そうなるとディジタル回路の構造に関わる問題になってきます。そしてここからは単なる推測の域になります。まず、オーバー サンプリング・ディジタルフィ ルターが問題ではないかということです。ディジタル信号をアナロ グの音に直すときに出る雑音を取り除くためのフィルターには二種類あって、コンデンサーや抵抗を組み合わせたアナログ・フィルターと、コンピューター技術 を利用したディジタル・フィルターとが使われています。このうちのディジタル・フィルターが、2倍よりも4倍、4倍よりも8 倍オーバーサンプリングという 高次のフィルターを用いたものの方が不自然な音になる傾向があるように聞こえます。同じ条件で次数だけ変えた回路で比較しな いと正確なことは言えません が、市販品を数多く聞いて行くとそういう結論が見えるような気がするのです。原理的には逆で、サンプリングを高くして処理し た方が折り返しによって可聴帯 域にまで降りてくる雑音が減るわけで、その後のアナログフィルターも簡単にでき、音は良いはずだとなります。詳しい原理の説 明は専門の方に任せますが、経 験的にはそういう矛盾したことがありました。原始的な2倍オーバーサンプリングの機械に良いものがあったし、ディジタルフィ ルターのないもの、つまり1倍 オーバーサンプリグとも言えるノン・オーバーサンプリング (NOS)の方が音が自然だと主張する人もいます。高周波雑音は混じりますが、聞こえないので放っておけばよいというのです。

アナログフィルター:
 雑音が高い周波数に分布しているディジタル方式は、ディジタルフィルター以外にも従来の フィルター技術で作られてはいるもののかなり複雑なアナログフィルターも必要になってきます。 アナログ時代には元からそういう雑音は原理的に出て来なかっ たので、余分な回路が必要になっていると言えます。アナログフィルターはコンデンサと抵抗の組 み合わせに、ものによってはアンプの回路も組み込んだ構造で 出来上がっています。どの素子もそこを通れば音は色づけされるリスクが高くなり、できればない 方がいいわけです。しかも、簡略化してコストを下げるために 小さなチップ部品やプリント抵抗などを用いてICの ように固めたパッケージ品が使われることが多く、それらの「表面実装」と呼ばれる基板用の集積 部品は元から音が良くない傾向があります。ディスクリートと 言いますが、そういう小型化された部品を使わずに、プリント基板上の面積を十分取って通常の部 品を並べて作ると、フィルター自体は必要悪ながらかなりちゃ んとした音になることがあります。高級機には一部そういうものもありました。

マ ルチビット特有の不安定さ: 
 マルチビット(初期のCDプレーヤーの方式)の機械そのものが、例えば16ビットの装置にして も、各ビット処理をする回路への電源の供給がばらつくことから正確な動作をせず、14、5ビットほどの作業しかできずに音が悪くなってしまうという主張も ありました。それと呼応するように、最初から14ビット動作しかしないフィリップス系の最初期の機械(マランツCD34、ル ボックス225など)の方が音 が良かったという声もあります。ちなみにこの欠点は抵抗ラダー型という回路方式を採ったバーブラウンのICなどで言われたこ とで、厳密に言えばフィリップ スのICはDEM型という別の型に属しており、余分なコンデンサーを多数つなげなければならない弱点はあるものの、原理的に は電源供給のばらつきという問 題はクリアしていたことになります。抵抗ラダー型はその後レーザー・トリミングによって部品の精度を上げるという方向へ進ん で行きました。

   そして、同じ16ビットでありながらもこのマルチビットの欠点を持たない別の方式に、後の1ビットの機械の 発想にもつながる積分型DACがあります。積分というのは、音楽情報のディジタル・パルスに応じた電圧や電流量といういわば縦のものを、横軸の時間の長さ の違いへと積分によって変換しているためにそう呼ばれます。実際の回路では、抵抗ラダー型がディジタル信号のビットに対応し たスイッチを切り換えること で、そこに流れる電流/電圧の大きさに応じてアナログ信号を生み出しているのに対し、積分型ではビット情報の大小をコンデン サーに電気が溜まる時間の長さ として計測し、その長さに応じてアナログ波形へと変換しています。これをパルス幅変調(PWM pulth width modulation)と呼びますが、パルスの幅の長い短いによって情報を表すわけです。そして積分型DACはマルチビットの原初的形態ながらスイッチン グによる非直線誤差に起因する歪、ゼロクロス歪が生じない利点があったと言われます。必要とするクロック周波数の限界から2 倍以上のディジタルフィルター には対応できず、主流を抵抗ラダー型(前述のマルチビットの欠点を持つとされる型)に譲りましたが、ソニー製の積分型IC チップを使ったプレーヤーには聴感上良いものがありました。この積分型のDAコンバーター
IC(ソニー CX20152 等)と、フィリップスのDEM型コ ンバー ター(TDM1540/141A)、 そして今でも評判の高い原始的な16ビット抵抗ラダー型のDAコンバーター(バーブラウンPCM54/56)を同じ次数の フィルターを使って他の部品も同 じにした回路で比較できると、各方式の優位性がクリアになると同時に、マルチビット動作の正確さの問題かどうかもはっきりし ます。結 果的に抵抗ラダー型16ビットの装置の音だけが自然さにおいて他より劣るということにでもなれば、それは恐らく マルチビット特有の電源供給の不安定さから発生しているディジタルくささだろうということになります。

 こうした実験は設備と能力の問題でここでは実現できませんが、以下の記事では実際の製品を可能な部分を改造することによっ て、憶測も交えながら探って行くということをやってみたいと思います。  

1ビット:
   それから、発想が同じ積分型の優位とは矛盾するようですが、80年代の後半から主流になってきたいわゆる1ビット方式の初期の機械が音楽的でないとも言わ れました。早稲田大の人が開発した日本発独自技術でありながら現在世界中がこの原理を利用するに至っているわけですが、当時 の1ビットは色コントラスト (階調)の出 ない眠い写真のように、滑らかだけど音が上滑りで表情のないものになってしまうとして一部の音楽愛好家には不評でした。

   1ビットというのはビット・ストリーム方式とも、ΔΣ変調機とも言い、グラフで言う縦方向に当たる音量の情 報を16ビットに区切るのではなく、横方向の周波数の区切りをより細かくして、その高周波の中に音量情報も一元化して含ませる、アナログで言うところの周波数変調に似た方 式(パルス密度変調 PDM pulse density modulation)で、原理的にそれまでのマルチビットとは根本的に違います。「積分によって音量のビット情報を時間軸方向の量に展開している」と表 現されますが、その意味はつまり、土地の広さを縦と横がそれぞれ何メートルというふうに別々に表すのではなく、面積として何 平方メートルだという具合に一 つにまとめて扱うのと同じことです。ビットは16だったものが1で済みます。そしてパルスの幅は同じながらも間隔の長い短い によって音楽情報を表します。 こう書くと、PWMとPDMの違いはあるにしても、「積分によって時間の長さに変換する」ところは前述の積分型マルチビット DACと同じに思えます。実際 その通りなのですが、積分型も含めたマルチビットDACは16ビットのCD情報をそのまま時間軸上で変換することをもって ディジタル信号をアナログにして いる(DA変換)のに対し、1ビットDACは情報をいったん1ビットにしてしまい、しかもその動作自体がDA変換のためだと いうわけではなく、それとは別 にその後のDAC部分のローパス・フィルター(SCF方式 switched capacitor filter 等)でアナログに変換しています。話が込み入ってきました。私もよく分かりませんが、例えて言うならばマルチビットと1ビットの違いは、ちょっとAM放送 とFM放送の違いに似ていると言えるでしょうか。

 ではどうして80年代の1ビット方式の音が不自然だったのか、この理屈も推測に過ぎませんが、1ビット式 DACでは必然的に、最初の行程で音楽のディジタル情報を8倍などにオーバーサンプリングしてしまいます。これはマルチビットの機械がノイズを除去するた めに最後にオーバーサンプリング・ディジタルフィルターをかけるというのとは順序が違いますが、高い周波数へとオーバーサン プリングする作業としては同じ です。この作業によって音が悪くなるという理屈がもしあるなら、1ビット式でもやはりオーバーサンプリングという手法が問題 だということになります。

   もう一つ1ビットが音質面で不利だとされる理由としては、当時のIC技術ではスイッチング速度が十分でな く、マルチビット方式では音量成分として分割していた16ビット分の情報量を含ませられるほど横軸を高周波にできなかったということが言われます。

   しかしこれがもしスイッチング速度の限界が問題なのではなく、PCMからPDMにするときのオーバーサンプ リング行程のせいでもなく、さらに他のところに問題があって現在も解決されていないとすると、ひょっとして根本的な方式の原理に問題が潜んでいるのではな いかという話にもなりそうですが、それならばDSD方式 (ΔΣ変調)で録音されたレコード会社の音源自体が悪いと言っていることになります。でもDSD方式で録音されたCDと、PCM方式で録音された従来の CDとで前者が明らかに音が悪いとは思えません。では、DSD(1ビット)とPCM(マルチビット)を変換する行程で問題が 出るのでしょうか?

マルチビット機のハイビット 化:
 一方、マルチビットの機械もその後ハイビット時代を迎えました。しかし16ビットのCD情報をより高精度 な20ビットや24ビットで処理するといっても、前述のばらついた不安定な電源供給回路という理由から元来16ビットですら精度が出せていなかった状態 で、いたずらに回路が複雑になるだけでメリットは何もなかったという考えもあるようです。その複雑な回路がかえって音を悪く した一面もあったのかもしれま せん。これはPCM56と PCM1704(1702)のどちらが良いかという巷の議論に集約されるのでしょう。

1ビット機のディジタルフィルター:
 次に1ビットのビット・ストリーム方式(ΔΣ変調機)でありながら、3ビットなり5ビットなりの複数ビッ トで処理する中間的な機械が出てきました。1ビットだけで音量情報をまかなうのは無理があるということなのでしょう。そしてそれが現在主流の、ΔΣ変調の 原理を使いながらも24ビットや32ビットの大きな情報にも対応し、96KHzや192KHzにアップサンプリングする方式 へと進化してきます。こうした 機械でも最終段のディジタルフィルターの特性は大変重要なようで、SCF方式やカレント・セグメント方式などがある中、どう いうアルゴリズム(計算処理) を用いたフィルターかで再生される波形が異なり、プリエコーやポストエコー、オーバーシュートなどが生じて、どうやっても元 の音楽波形とは違った形になっ てしまうようです。ここで言うディジタルフィルターは、以前のマルチビット機がフィルターとして「8倍オーバーサンプリン グ」しているなどというのとは原 理的に違います。

アップサンプリング:
 また、これもフィルター次数が高次であるかどうかとは違う話ですが、元々44.1KHz でサンプリングされているCDデータに対してサンプリングを細かくやり直し、96
KHz や192KHz と して処理することが普通になってきました。しかしこのアップサンプ リングという方法は回路が複雑になり、メリットをもたらすどころか音を悪くしているという意見もあります。最初から192KHzで録音されたものならいざ 知らず、CD情報をさらに細かく処理することは百害あって一利なしというわけです。

   以上、私のような門外漢にはなんだかの話ですが、ここでいったんまとめてみます。CDプレーヤーの ディジタルくさい音の原因として:

1.オーバーサンプリング・ディジタルフィ ルターによって音が濁る。特に高次のフィルターほどその傾向があった。表情が減り、絵の 具を混ぜて彩度が落ちたような音になる。それを補おうと高域の表情を調整すると、輪郭ばかりが目立っ てきらきらしたり、ソリッド感が出たりした。

2. 余分なアナログフィルターが増えた。複雑な素子を通ると音が濁る。

3.マルチビット方式に内在した問題として、各ビットに割り当てられたスイッチへの電源供給の不均一さから特性が揃わ ず、音が不自然になるということがあった
(抵抗ラダー式)。
 
4.1ビットの機械(ビットストリーム /ΔΣ変調機)が、特にその初期には素子のスイッチング速度の限界から全般的に音が上滑りで起 伏がなかった。サラサラとして抑揚がなく、小さな受光素子の高画素カメラで撮った写真のように眠 くなる。あるいはΔΣ変調の機能の一部として不可避にオーバーサンプリングをせざるを得ないことが問題なのかもしれな い。

5.20ビットや24ビットで処理するハイ ビット競走が(マルチビット機で)起こり、理念だけで処理が追いつかないのに回路ばかりが 複雑になった。

6.オーバー・サンプリングの問題以外にも ディジタルフィルターのアルゴリズムにそれぞれ欠点があり、最新の機器 でもそれらの違いが音に表れる可能性がある
(1 ビット式/ΔΣ 変調複数ビット式)

7.ΔΣ変調機の原理を利用した最新のハイ ビット・ハイサンプリング機では、44.1KHz のCD情報を高周波にアップ・コンバート (より細かくする)してから処理するため、回路が複雑になる。

   理屈はざっとこんなところでしょうか。その推論をここで裏返してみると、逆に自然な音のする方式の一つは80年代に登場した16ビットDAコンバーター ICチップを使い、ディジタルフィルターを2倍程度以下の低次のものにするということになります。16ビットの方式は、
各ビット処理をする回路への電源供給の不安定さが問題でないか克服できているなら、抵抗ラダー型も積分型と同 様に有望ということになります。

   もう一つは聞いた経験がないのですが、音圧側複数ビットで高速スイッチングが可能な最新のΔΣ型DAコン バーターICを使いながらも、44.1KHz の CD情報は192KHz などに上げたりせずにそのまま処理させ(ΔΣ変調のオーバーサンプリングは外せませんが)、ディジタルフィルターも排除する方向があるかもしれません。こ れを検証するためにはDAコンバーターを本来自分で作るべきなのでしょうが、そこまではできません。それならば、TI社の最
新 IC(PCM1798) を搭載しながらも44.1KHz の まま処理し、ディジタルフィルターを通さない数少ないモデル(実在します)を買ってきて試すという手もあるかもしれません。 ただ、どうも踏み切れません。 まず、その製品の音自体が耳に痛いという人がいます。ディジタル・フィルターを外すと音が元気になりますので、そのためで しょうか。また、ΔΣ型ではオー バーサンプリングは避けられません。実際に、現在売られている製品は高域の不自然なものが目立つため、個人的には最新の方式 がどうも信用できないのです。機器の音を「ハイスピード」と表現する時期がありましたが、いっ たい何が速いのでしょう。時代によって技術や音の傾向に流行があるのは事実です。それらは進歩し ているかに見えて、実は目が変わっているだけとい うこともよくあります。

   以上、正しいことを言っているかどうか自信あ りま せんが、次項では実際の装置を改造していくらか検証してみたいと思います。どんなに素性の良いDAコンバーターICであっても、 その周囲に使ってある抵抗一つ、コンデンサ一つで音はがらっと変わってしまいます。評論家も色々言わなくてはいけないので大 変ですが、市販のモデルを試聴 して「輝かしい高域」などと雑誌ではよく評されています。でもオフな音に変えるのは簡単です。反対ににぎやかにするのはもっ と簡単です。メーカーとしては コストと安定入手という点で最高の部品ばかりを使うわけには行きませんし、生の楽器の音に興味のない設計者もいます。した がって市販の製品そのままでDA コ ンバーターの方式の善し悪しを比べることは不可能です。
使っ てある周 辺の部品を自然な音色のものに交換することで、初めてそのDAC本来の音を想像することができるのです。


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