ネイムオーディオ (Naim Audio) CDS (CDS-1)

   
cds.jpg
       Naim Audio CDS


CDS とは 
 1980 年代に出たフィリップスの名DAコンバーター IC であるTDA1541A搭載機器のうちで、メーカーを問わず最も良くできた CDプレーヤの一つが、アナログLPの音に近づけるべくネイム・オーディオ(Naim Audio) の創立者ジュリアン・ブレーカーが最初に作ったCDSではないかと思います。いわゆ る高級機であり、こんなことを言うとなんだか持ち物自慢をしているみたいですが、こ のプレーヤーは日本には少数入荷しただけで、本国イギリスや欧州では 「レジェンド」とも言われているようです。他に並び称されるものがあるとすれば、同じく評価の高いスイスの業務用機器メーカーであるスチューダー (STUDER)のA−727(偶像化した 730より自然だという声を聞きます)やそのルボックスの相当品、メリディアンの207MK2 などでしょうか。

    tda1541a.jpg
       PHILIPS の名DAコンバーターIC  TDA1541A(S1)


構成
  CDSはフィリップスのLHH−1000同様シャーシが二つに分かれています。しかし通常のトランスポートとコン バーターという分かれ方ではなく、電源部 とCDプレーヤ部という分離形態です。このように強化電源を別にする手法は欧州ではよく見かけ、ミュージカル・フィデリティのアンプなど、結構あります。 ネイム側では電源部を別の箱でシールドして、ピックアップとDAコンバータを近づけるこのような分け方の方が合理的だと 言っていますが、コンバータだけ利用したい人には不満が残るものかもしれません。通常の分割法ではソニーとフィリップスが開 発したSPDIFという、クロックもディジタル音楽信号もひとまとめにして同軸で送るインターフェースが使われますので、両者を近づけて送り受けをする I2Sよりも音が悪くなります。たしかにネイムの言う通りなのですが。

    studera727.jpg
      STUDER A-727    TDA1541Aを使った欧州勢の中でアナログ的な音がすると定評のあった
CD プレーヤー。 CDS と同じ周辺機器環境で直接比較できれば良いのだが、なかなかその機会がない。別個に聞いた感じだと音色は違うながらきっと良い勝負だろうと思われる。この STUDER はドイツの EMT 981と並んでプロ仕様だが、同 じスイス製でデザインもそっくりな REVOX B-226 はコンシューマー向け。違いはバランス出力の有無で回路的にはほとんど同じだが、選択される部品には時 期によるのか違いがあり、音質の鍵を握る DAC の IC チップ横に整列したフィルムコンデンサーの銘柄も数 種類あるようだ。ヴィシェイなのか▽マークの付いた白いもの、ERO のポリエステルのシリーズだと思 われる薄緑色のものなどである。ウェブでは黄色や赤も見かけるが、赤は WIMA の信徒が取り替えたものだろうか。ポリエステルの MKS なら悪くはないと思うが、より高精度なポリ プロピレンのシリーズにするのは音色の点で個人的には疑問。フィリップスの LHH-2000 と並ん で発 展型の A-730 も高 額もの特有の信仰にも似た熱をもって語られることがあるが、そこに は水色のものが使われている。730 のシリーズは後には頭文字を D に変え、ついに1ビット方式になってしまった。


    meridian207mk2.jpg

      Meridian 207MK2    同じく TDA1541を使ったイキリス製のCDプ レーヤー。この機種は聞いたことがないので何とも言えないのだが、1541 機を数多く聞いていてその耳を信頼している人が STUDER と比べても甲乙つけ難い音だと言っておられたこともあり、部品構成から見てもその音色の描写が納得できたので、恐らくこの時代のフィリップス系の IC を使って同等の水準を保っている一群の音楽的プレーヤーたちの一角を成しているのだろうと思われる。一つ前の MK1 はこれのような黄色いスイッチ類ではなく赤いものだが、 TDA1540 による14ビット制御であり、後継の 206 や 208 は1ビットの DAC7 になったので、16ビット機はこの 207MK2 のみのようだ。CDS の分割法とはちがい、二台に分かれた筐体はトランスポート部と DA コンバータ部である。
 
   CDはトップローディングで、マグネットクランプで中心を固定します。CECのようなベルト・ドライブではなく、重たいフライホイールで押さえ 込むような物量構造ではありません。ディスクが回る部分が独立した金属の箱に入っていて、スイング・アーム式のピッ クアップ・レンズが移動する部分のみ穴になっている構造なので、漏れ出たレーザー光がDAコンバータやサーボ回路などに悪さをする率は少ないかもしれませ ん。特徴的なのはピックアップ部と基板の両方がバネで浮かしてあるフローティング構造だということで、このあたりの発想はリン・ ソンデックのレコードプ レーヤであるLP12を意識しているのでしょう(ネイムではLP12用のアップグレード部品も出していました)。本当に効果があ るのかと思い、輸送時の固 定ネジを締めた状態でも試聴しましたが、基板の側だけで効果があるかどうかはともかく、両方をフローティングにしたときは固定し たときよりも若干高域が静 かになったような気がしました。

   内部ですが、まず電源部はトロイダルトランスの巨大なことに驚かされます。CDプレーヤとしては無用かと思われるほどの大きさで、平滑コンデンサもまた容量・サイズともに 非常に大きも のです。低インピーダンスにするために小容量のものを並列にたくさん並べる昨今の考えではありません。箱自体が大変重く、持ち運 びに注意が必要です。そし て初めて電源を入れてからしばらくはチャージが十分でなく、音が粗くなるという注意を前オーナーからいただきました。メーカーが そのようにアナウンスして いるということです。スイッチを入れたときに近くのプレーヤーで音を出していたりすると、一瞬途切れたりするほど大電流が流れま す。定電圧化するための三 端子レギュレータは電圧可変型のLM317が用いられています。固定型の78XXシ リーズよりも音の評価が高いものです。

    saa7220pa.jpg
       PHILIPS の4倍オー バーサンプリング・ディジタルフィルター SAA7220P/A

   プレーヤ部の基板は多点グラウンディングになっています。TDA1541AのICチップはシングル・クラウンの選別品で、これと組み合わせるディジタル フィルタのチップは標準的なコンビである4倍オーバーサンプリング型のSAA7220P/Aです。DAコンバータ・ チップの両脇にその機能の一部を担う形で配置されている14個のコンデンサーはフィリップスの指定通りすべて0.1uFですが、シーメンスの100V耐圧 積層ポリエステルのMKHで、それ以外のフィルムコンデンサも同じ種類か、同じシーメンスの青いプラスチックモールドされた MKTです。その他ではフィ リップス製と思われるスチロール・コンデンサが使われ、電解コンデンサは電源部の巨大な平滑用のものを除いてすべてビーズ型の湿 式タンタル・コンデンサが 用いられています。Naimはこのタンタルが特徴であり、初期には赤いもの(メーカー不明)、後には青いNEC−TOKIN製が 使われているようです。抵 抗類は金属皮膜が場所によって銘柄を変えて二種類使われており、その一つはフィリップスのSFシリーズに色形が大変似ていますが リード引き出し部分が若干 異 なるように見えます。水晶発振子はフィ リップスです。TDA1541Aでアナログ変換された後の電流電圧変換(I/V変換)部に用いられているオペアンプはアナログ・デバイセズのOP42で す。

変遷
 このCDSは最初に日本に輸入されたときに定価90万円で、後期には110万円で売られていたようで、今はその価格帯もマー ケットとして確立されている ものの、当時としてはかなり高価なものでした。その後CDS−2へとモデルチェンジされましたので、最初のモデルを CDS−1と呼ぶことがあります。2への交代の直接の理由は1のピックアップ(CDM−4)供給がフィリップスにて終了し、次世代へと変わったためだとも 言われますが、DAコンバーターICも バーブラウンPCM1702に変わっています。2の方は私は聞いたことがありませんが、両方所有していた人の話では1の方がやわらかく自然な音だったとの ことです。2が出る前後に創業者のジュリアン・ブレーカーが亡くなっているので、少なくとも3(PCM1704)以降の モデルの音決めはジュリアン自身が手掛けたものでないことは明らかです。また、後のモデルは価格も年々上がって行ったようで、現在のフラッグシップは日本 円にして500万ほどという商売になっているようです。英国はお城に住んでいるような人もいる階層社会ですので、アメリカのビジ ネス成功者も含めて購買層 が確立されているのでしょう。スイスの高級時計と同じで単純に性能のための価格ではないと思います。ただ、クォードの ピーター・ウォーカーやハーベスのダッドリー・ハーウッド、インフィニティのアーニー・ヌデールなど、創業時に良い耳を持った人が音決めをする場合はあ り、その多くは後継者に引き継がれると別物になってしまうようです。

定位
   私はまず今のCDS−1を手に入れる前に一度、最初期のモデルを聞きました。そのとき組み合わせたスピーカはB&W の初代のノーチラス801(ヨーロッパの録音スタジオでモニターに使われた801の後継機種)でした。B&Wはその後どんどん改良を加えて行き、末尾にS が付く時代には一時大変洗練された音を出すようになっていたと思いますが、当時のモデルはアルミドーム特有のクールで白っぽいと でもいうのか、わずかに金 属的な癖が感じられて好みの音ではありませんでした。しかしCDSとのそのときの組み合わせで非常に驚いたことがありました。通 常スピーカの音像というも のは、ツイータのあたりにふわっと広がっているというのが一般的なのですが、このときばかりは音像がぐっと後ろから、それも楽器 がはっきりとそこにあるよ うに聞き取れました。壁の後ろにまだ他のスピーカが隠れていてそこから鳴っているのかと確認してみたくなるほどだったのです。そ してこれはB&Wのバッフ ル反射のない独特の形のツイータ・ユニッ トと位相管理された1次ス ロープのネットワークのせいだと思いました(初代ノーチラスは 18dB/octだったかもしれません。だとするとネットワークは無関係です)。 もちろんそれは最低条件だったのでしょう。しかしこのとき、CDSで鳴らした直後に価格が二倍もする別のプレーヤに取り替えてみ ると、途端に馴染みのあ る、音像がぼやけてツイータのあたりから鳴っているような音になってしまいました。以来、私の頭の中でCDSの音についての妄想 が一人歩きをし、結局手 に入れる決断をしたのは、その膨らみ続ける妄想を実物大に萎ませるためでした。

音の感じ
   CDSの音の傾向は、細部が聞こえるのにどの帯域にもあまり強調点がなく、うるさくならないという良く追い込まれたバランスのものです。それまで意識した ことのなかった、オーケストラの団員が座っている椅子のきしみ音が馴染んだCDから聞こえてきて驚いたこともあります。
 フィリップスTDA1541Aを使ったものは、どのプレーヤも中高 域に少しソリッドな部分があります。もう少し緩めのルボックス 225(14ビットのTDA1540を使用/226は 1541)などを最高とする人は、このあたりを感じているのではないかという気もします。4倍オーバー・サンプリング・ ディジタル・フィルターの機械は2倍よりも数値上の雑音が減った分滑らかと いうか、細部がマスクされてややオフに感じられると思いますが、その癖を持った まま何とか解像度を上げてかっちりした音を出そうとすると、そのように透明度の下がったソリッド感を感じ させる結果になってしまうのではないかと想像しています。そ れとも、ICの横にずらっと列を成して並んだコンデンサーにフィルム系の音の硬いものを使うことも影響があるでしょうか。帯域で 言うと4KHzから 6KHzあたりのどこかなのですが、反響があるのか立ち下がりが悪いのか、ややキンとした固い感じがして、良くても弾力のある硬 質ゴムのような感触が残り ます。空間が空っぽに広がっているというよりも、何かモノが詰まったように聞こえるのです。隙間がないせいで、フォルテでそこが 強調されると耳が痛い感じ がします。生とオーディオの違いは常にこういう感覚に表れるものですが、れ を実体感のある迫力ととらえるオーディオファイルもいることでしょう。この部分はフィリップス・ブランドの高いものから安いもの まで、またマランツのプレーヤーも含めて同じ傾向が感じられます。例えば解像度の高い印象があるフィリップスの LHH-1000 などはよりきらっとした感じに聞こえます。
 しかしこのCDSではその癖は傾向として感じられはするものの、最 小限に整えられており、ほ とんどうるさく感じません。そして高域にわずかに輝きと艶が乗るところがあり、色づけと呼べないこともないですが、それが繊細さ を表現し、ディテールが明 確になるとともに心地良さをかもし出します。とくにヴァイオリンの複雑な倍音を再現できているところがリアルです。音決めをした 人の耳の良さ、生楽器の音 の出方を理解しているところに感心します。C−700改に比べてしまうと音に塊感があって負けているように感じるのですが、ここ まで来ると好みの範囲と 言っても良いのかもしれません。オンキョーはふわっとした柔らかさのなかに細やかさが含まれるのに対し、CDSはもう少し固体感 のある弾力と艶を持ちなが ら磨かれた滑らかさが出るという感じです。癖をうまく抑えて、生のように錯覚する合成の形に造形しているとも言 えそうです が、ここまで来れば人工的ではありません。これをさらに自然にするためにSAA7220をバイパスしてノン・オーバーサ ンプリングにする改造を施そうかと考え、そのための素子も用意しましたが、あまりの見事なバランスに躊躇し、結局ハンダゴテを握っていません。同じ TDA1541を使ったマランツの CDA−94のディジタルフィルターを外してみても、このCDSを必ずしも超えたとは言えなかった経験もあるからです。アナログ・フィルターに集積された パッケージ品を使わず、基板上にスチロール・コンデンサとオペアンプで展開していることも音質上の大きなポイントだと思います。 4倍オーバーサンプリング のディジタルフィルターを使っていながらこのバランスに持ち込んだのは大したものです。2倍の設計をしたら全 ての方式を含めてベストな CD プレーヤーになる可能性も秘めていると思います。


 


INDEX