理想のスピーカー・システム 

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Polypropylene cone woofer + ribbon tweeter with Laurence Dickie's tapering tube as an ideal audio speaker system.

 
理 想のスピーカー・システム、どんなものを思い描かれるでしょうか。低音がコーン型になるのは現状では避けられないかもしれま せんが、高音の方式には色々あ ります。前のページでも書きましたが、特殊なものを除けばドーム(ハードとソフト、逆ドームというのもあります)、ホーン、 リボン(トランスを要するアル ミ箔のもの、ボイスコイルをカプトン膜などにフォ ト・プリントしてマグネットで挟むもの、プリーツカーテンのようなハイルドライバーなど)の三つぐらいに大別できるでしょう か。

 高いもので行けば、アルミのハードドームを使った B&W ノーチラス系の大型システムは面白いところがありました。後述しますが、それは点音源を目指した構造による定位の点です。音のクオリティもびしっとしてさ すがに値段だけのリアリティはあると思いますが、私はクラシックの弦の音を一番大事に考えているので、問題は硬い振動板材料 から来る固有の音色です。因み にダイヤモンドはより好みではありませんでした。

 ホーン型では1800万円ほどと聞いたアヴァンギャルドというメーカーのものを聞かせてもらったことがありますが、響きの あるレンガ張りの大きな部屋に 低音からバックロードでオール・ホーンを築いてありました。元々ホーンの音色は嫌いだったにもかかわらず、その前へ出てくる 音はエネルギーがありながらも やかましくなく、独特の実体感のあるものに仕上がっていて目を見張りました。出方が面白いのです。ただ、組み合わせているア ンプとプレーヤーが国産の某高 級オーディオ・メーカーのものであり、そのブランド特有のある種の不透明さがネックになっている気がしました。JBL のモニタースピーカーと組み合わせるとその凸凹がお互いに吸収しあって良い音になるという話も聞いたことがあります。結局今の新しいシステムでは選択肢が 少ないので仕方ないのかもしれません。

 リボン型ではインフィニティの IRS が気になりますが、あの高価なセットを聞かせてくれるところはどこかにあるでしょうか。知り合いにはいません。ただ、それよりぐっとスケール・ダウンした ものにはホーンとは違ったリアリティがありました。このメーカーはボーズと同じように後ろの壁に反射させる音場型の工夫を一 定以上のモデルで採用しており、振動板質量の小さい敏感さとともに大変魅力的です。

 そして
比 べるべくもない自作のわが4ウェイ・システ ムですが、大した知識もなく試行錯誤した結果、8. でご紹介した通りの寄せ集めにて妥協の完成をみてしまいました。欲望の迷路からまだ抜け出せてはいないので、それでももし資 金と設備、意欲と時間が許すなら、 インフィニティそっくりなスピーカーをさらに作るかもしれません。でもIRS のように何台もアンプを連ねて駆動する大がかりなものではなく、 ウーファー制御回路や高次のネットワークも用いないでしょう。ウーファーのボイスコイルに流れる信号 と入力信号とを比較してフィードバックするというのは革新的なアイディアだと思いますが、いささか物量的過ぎます。最少のユニッ ト何種類かで全てのレンジ をカバーし、音楽信号が通る経路はやは りで きるだけ部品が少ないものが良いと思います。

「インフィニティそっくりな」というのは、この場合「リボン型の」という意味です。後ろの壁に反射させる音場型という発想とその 結果は素晴らしいですが、 ソースにはすでにホールの反射音も含まれているので、新たに楽器から背後に向けて出た音を別チャンネルで拾って4チャンネルにす るのでもない限り、理論的 には点音源の方が正しいと思うということは前に書きました。そして振動板にマス(質量)がほとんどないということは音が無限に敏 感になるということですか ら、放電現象によるダイヤフラム・レスの発音構造でもないかぎり、今のところリボン系のユニットがツイーターとしては最も理想に 近いように思います(高音 用に限り放電型とイオン型というものも存在するようですが、それぞれ電極消耗とオゾン化など、運用面で安定性が十分でないのと、 電源などの構造の複雑さに 加えて価格の問題もあるようです)。ただ、フォトエッチングでボイスコイルをプリントした薄いフィルムを両側から強力磁石でサン ドイッチする のは同じでも、
できるならダイヤフラムの周囲に反 射・回析を生む バッフル面は作らないようにしたいです。紡錘型の ケースと長 い円錐チューブによって背面の音を徐々に消しつつ位相反転させるというのは B&Wノーチラスの特許でしょうが、素晴らしい定位を生んでいて、音は好みでなくともあのアイディアには他にない利点が あります。球形エンクロー ジャーは理論的に理想とされているし、フルレンジ一発というのは限界があっても国産イクリプスという良い例もあります。少なくと も正面から見て振動板の面 積のみが見えるようにするならば、スピーカーから音が出ているように感じさせずに奏者を背後の空中に浮かび上がらせることができ るでしょう。

 
3ウェイにする 場合、中音ユニッ トも B&W と同じような構造にします。ただ、リボンで中域を担わせた場合、濃密な音 になりにくい傾向がある気もします。こ こらがイ ンフィニティの RS シリーズなどに対して BBC モニターのような伝統的ユニット構成のシステムに気持ちが向くところです。リボン系は上手にチューニングしないとスカッと抜けた軽い音になり、下のダイナ ミック型ウーファーとつながりが悪くなることがあるのです。やはりコーン型で行った方がいいでしょうか。

 各ユニットは能率を同じに揃えられると良いと思います。音質劣化につながるアッテネーターを入れたくないからです。ツイーター のコンデンサーは箔巻きの ものを厳選して使います。値段は高いですが、一昔前に比べて今は色々と選択肢が増えてきました。6dB/oct のフィルターの場合中音ユニット側にはコイルが必要ですが、PCOCC の単結晶アズキャストの線材を特注できれば最高です。ただこれはあまり現実的でないので、少なくともよく材料を選んで空芯にします。現在銀のフィルム・コ イルというのが特注できるようですが、
箔 巻きが良いかどうかは色々条件を変えて実験が必要ですし、線 材と純度は大いに検討すべきところです。カートリッジやトーンアームの内部配線を銀にしてハイ上がりになってしまったという経験 を持っている方もおられる でしょう。同じ .99の銅線でもメーカーによって音は違いますし、焼き入れをすると音が変わるということもあります。強い張力で巻くことでストレスを生じると主張してい るイギリスのショップもあります。何しろスピーカー・ケーブルとは比べものにならないほど長い線材の中を音楽信号が流れて行くの ですから細心の注意が必要 です。メーター何十万もする凝った構造のスピーカー・ケーブルや超合金のスパイクなどが商売になっていますが、そういうものより もネットワークのコイルを 問題視する必要があるでしょう。ユニットの高域をメカニカルに減衰させて嫌な歪みを発生させないようにできればコイルを省けてよ いのですが。

 低音はコーン型でしょう。インフィニティのようにワトキンス型のダブルボイスコイルを使って f0 の問題を克服するというのも面白いですが、回路が複雑になって素子が増えます。励磁型という昔の手法もまた最近リバイバルで出て来ているようながら、これ も別に電源が必要になり、それが純粋であるかどうかがボイスコイルに影響を与えないとは思えません。駆動力は高くなるにせよ、普 通のマグネット型でも磁力 が強ければ良い音になるとは必ずしも言えないということがあるし、コントロールして低音が出せるというわけでもありません。素直 に音色の良いコンベンショナルなタイプでいいでしょう。また、大きな口径のウーファーを使うと過渡特性の問題とハイカットの周波 数を低くせざるを得ないという事態も生じます。近頃流行っていますが、20
cm ぐらいの直径のユニットを四つ使 うのはいい方法かもしれません。あるいは25cm のを二つか。ユニットを多数使えば一つひとつの振動板は軽いために反応が速くなります。ただし能率が上がる分中域ユニットとうま く合わせる必要が出てきま す。出来合いのスピーカー二つ(B139)でやってみましたが、上の帯域を受け持つスピーカーよりも音圧が上がってしまって失敗 しましたので、ちゃんと設 計する必要があるでしょう。た だしこうすれば受け持ち周 波数が上の方まで使えますので、ハイカットのコイルを巨大なものにしてダンピング・ファクターを劣化させる心配がありません。

 ネットワークはできるだけシンプルにするためにファースト・オーダー(6dB/oct )にすると言いましたが、そのためにはユニットの裸特性をそこへ向けて追い込んで行くという通常とは逆(普通はネットワーク回路を複雑にします)のアプ ローチが必要になるでしょう。その場合、ユニット・メーカーの出来合いのものをただ組み合わせるわけには行きません。
 コーン型のユニットは材質が大切です。ウーファーの材料はポリプロピレンにします。どこかのメーカーに特許料を払う必要がある でしょう。特許だけ持って いてお蔵入りにするというのは悲しいですが仕方ありません。あるいはポリプロピレン系の他のもので良い材料が見つかるでしょう か。コーンの材質を硬いもの で作ると、音もなぜか硬いものになってしまうようです。直径が大きくなるほどたわみやすくなるのは分かりますし、別に分割振動を ありがたがっているわけで はないのですが、音からすると分割振動を抑えるためのアルミ・ハニカムもカーボンファイバーも、グラファイト混入なにがしもあま り芳しい例がなく、紙かプ ラスチック系が良いように思います。内部損失のあるマグネシウムがいいという意見も聞きますが、最近の流行であるメタル系のコー ンでこれこ そは、というものがあるでしょうか。KEF の LS50はマグネシウムで嫌な音は出ていませんでしたが。B&Wに見られるようなガラスやアラミドなどのウヴン・ファイバー(編み)系は伝播が真円になら ないのでエッジ反射が分散されるとのことですが、音色の面で最良の材料なのかどうかは正直よく分 かりません。インフィニティのスピーカーが初期のものがいいのも、設計者の耳とともにカー ボンなどを使わなかった材料のあり方が関係しているように思います。適度に腰がありながらも内部損失があり、軽く柔軟性のある素 材でないと自然な音にならないようです。
 エッジは軽くて柔らかいものが良いのですが、経年変化の問題からすればやはり合成ゴム製でしょうか。硬化しにくいという点で薄 いシリコンゴムというのはどうなんでしょう。

 キャビネットは特定周波数の共振を排した強固なものでなければなりません。木材にはすべて音がありますから、その種類を選んで 行くということは大切で す。集成材の単板でハードメープルを使ったら鳴きの音でちょっと賑やかになったという体験は前の記事で書きました。側板だけウォ ルナットのスピーカーは良 い響きでした。アピトンという重い東南アジアの木の合板が良い結果になった例は知っています。建築資材には水に強くてすごく重い イペという材料があり、 ウッドデッキ的に外に使ってびくともしないという経験がありますが、こうした種類の木材は可能性があると思います。
 木を使わないというのもひとつの方法だと思います。ただし、ただ硬ければ良いというのではなく、ある程度響きを吸収する必要が あるかもしれません。キッ チン・カウンターのコーリアン(デュポンの名称)という人工大理石、ガラス、陶器、FRP、カーボン、ケブラー、それらの複合な ど、この分野はまだまだ研 究の余地がありそうです。アルミもいいようですが、低音で鳴きが出るようです。

 そしてリボン・ツイーターのところで述べたように、バッフルの反射・回析の観点から、幅の少ないラウンドした箱にするというこ とがあります。こうするこ とでスピーカーから音が出てるというよりも、その背後の空間に楽器が定位するという出方を追求できます。価格はともかく、 B&W でローレンス・ディッキーがノーチラスを出し、その後南アフリカのヴィヴィッド・オーディオでも同じようにエッジのないラウンド・エンクロージャーに取り 組んでいるのは面白いことだと思います。ボール形に近いものは日本やフランスのメーカーも出しています。


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            Vivid Audio G3 GIYA


 素材の新鮮さがすべてという料理と、手の込んだ味付けで味のバランスを整える料理とがありますが、オバマさんも喜んだ
鮨 シェフのように最高の材料を選んで最小限に使う素材重視のアプローチを取り、そして最後は耳でバランスを取る。そういうポリシー で思う存分作れたら、さぞかし楽しいだろうと思います。



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