インフィニテ ィ(Infinity)  

 
bose901.jpg
 
BOSE901  音場型のスピーカーとして成功した独 創的なモデルで、アマー・G・ ボーズの名を世に知らし めた。前面よりも背面に出る音の方が多 く、コンサートホー ルのようなやわらかい音を再現できた。ただ、聞いた印象で は出方は素晴らしいものの、フルレンジのユニットのみで構 成されているためか、高域の再現に若干弱みがあったように 思う。

     bozak.jpg
   ボ ザーク (Bozak) は東海岸、ボストンのスピー カーメーカーで、コーン型のユニットで 構成されたその音はヨー ロッパ製のシステ ムにも近い、落ち着いたものだっ た。家具調のキャビネットも独特。

  1968年にアーニー・ヌデールというアメリカの技術者が作ったインフィニティというスピーカーの会社は、クラシック向きと言われる 製品がヨーロッパに多いなかで大変ナチュラルでリアリティのある音を聞かせ、それまでのアメリカ製スピーカーの概念から外れたも のとして話題になったようです。東海岸のボザークや AR、KLHのようなコーンやドーム・ツイーターを使ったおとなしい音のも のと、ボーズ博士の音場型901、もしくは後に積極的にイコライジングを施したポップス向きのシリーズを除けば、アルテックにせ よJBLにせよ、アメリカのスピーカーはジャズファンに熱愛されてきたように思います。高音用の ホーンがトランペットやサックスなどと同じ発音構造ですし、軽くて硬めの紙のコーンに強いマグネットを組み合わせた能率の高い低 音ユニットはドラムやピアノ、指で弾くウッドベースなどのパルシブな音をリアルに再生するからではないでしょうか。

   infinityemit.jpg
  イ ンフィニティの リボン型ツイーターEMIT (Infinity EMIT)

 しかしインフィニティはイギリスBBCモニターの系統 から発したポリプロピレンを振動板に使った低音ユニットにEMIT(EMIM) というリボンの発展形のような高(中)音ユニットを組み合せ、塊のエネルギー感よりも繊細さと音色の自然さを前面に出したコンデ ンサー型のような音を聞かせました。その音の出方は独特で、うまく行ったときは眼前の奏者が演奏しているようなイリュー ジョンがふわっと現れるというと言い過ぎでしょうが、声を出す前の息を吸い込む音や、ギターのフレット上を指が滑る音、ピアノの ペダル操作、フォルテになる一瞬前の緊張感など、気配のような音まで再現してくれます。

   irs.jpg 
  イ ンフィニティIRS (Infinity IRS 1977)  73年のマークレビンソンのア ンプと並ん で「ハイエンド」製品の 代表のよう なスピーカー。重量は500kg で 価格は1000万円だった。

   フラッグ シップはそのEMIT/EMIMのユニットを56個(左右でEMIT76 個/EMIM36個)も使ったタワーと、30セ ンチのポリプロピレン・コーン・ウーファーを6個ずつ縦に並べたタワーが左右2本ずつ、まるで4つのビルが屹立するような形の IRSで、77年当時65,000ドルしました(日本円で1000万円)。それを聞いた人の話 では、後ろにも音を出して反射させる構造からか、音 が回り込むコン サートホール特有のやわらかさをある程度再現できるものだったということです。この手の製品は音楽ホールのような反射板の付いた 50畳のリスニングルームを用意できる人用なのかもしれません。恐 ろしい話もあり、インピーダンスが2Ωそこそこしかないツイータ(実測してみましたが、公称4ΩのEMITは2.7Ωほ どしかありませんでした)を直列、 並列、直列、並列、と連ねて行 くシステムは駆動するのに大変アンプのパワーを食い、高音ユニットだけでも一台では鳴らし切れず、フォルテで歪んでしまうのだそ うです。低音ユニットはデュアル・ボイスコイルを用いたNFBのような回路でコントロールをかけてあって、またそれなりにパワー食 うため、1.5kWの専用モノラルアンプ二台が要ります。つまり巨大なパワーアンプがモノラルなら最低四台は必要で、それを音色 の良いものにしようと変えたりすると数千万はあっという間なのだそうです。世の中に本当に良い音のアンプが少ないなかで1KW 級のパワーが絶対条件ともなると選択肢はほとんどありません。ハイエンド製品との泥沼の戦いとなるようで、音はそれまでのアメリ カ製品とは違うインフィニティも、そんな物量作戦となってくるところがアメリカ的と言えるかもしれません。 もう少しで次元の違う音が出そうになるとやめられず、某自動車メーカーの重役だった人が億近い投資をして兵どもが夢の跡となって しまったという例もあるそうです。無限大マークのインフィニティ、同じようなリボン型のメーカーであ るアポジー(絶頂の意味があります)と並んでオーディオ道楽の一つの究極は間違いなさそうです。

  
Infinitesimals.jpg
 Infinity InfiniTesimal 1981  インフィニティの最小スピーカー。IRSとは正反対の大きさと価格ながら、質の妥協はなかった。

 さて、我々一般家庭用のものとしては、一番小さいもの は14センチのポリプロピレン・コーンにEMITを載せた「テシマル」でし た。テシマルって何でしょう? お侍さんの幼少名で忍者獅子丸のお友達というわけではなさそうです。調べてみるとどうやら誤解が あるようで、本当はインフィニテシマルという一つの単語で、メーカー名がインフィニティ なので、ついインフィニティ・テシマルという具合に中丸が入って途切れてしまうのです。infinitesimal は数学用語で「無限小」を表す言葉です。ヌデール氏が元 NASAの理論物理学者だったため、こういう概念に馴染みがあるのでしょう。

 脱線しましたが、CDプレーヤーのオンキョーC−700の項でご紹介した多田オーディオというところでこのシステムをチューニ ン
グ したものを聞いたことがあります。ボイスコイルとネットワークのコイルに PCOCC 6Nアズキャストという高純度結晶の恐ろしく高価な線(現在は製造中止)を使ったものを聞きました。それは驚くべきことに、そのサイズから低音が出ないこ とを除けば今まで聞いた中で最もリアリティの高い音を出していまし た。アズキャストというのは溶かした銅をヒーターをかけながら ゆっくりと冷ますことで単一結晶に近くする技術だそうで(as-cast は鋳っ放しの意)、その後の熱的、機械的ストレスも最小になるものなのだそうです。住友をはじめ複数の会社が製作したもののどこのオーディオ・メーカーも買 わなかったために消えて行った幻の線材で、試作品はコンデンサー型の繊細さにエネルギーが加わったような不思議な感覚を引き起し ていました。いずれにしてもインフィニティのユニットの素晴らしさ を実感させられたわけで、なかでも振動板重量が桁外れに軽いEMITツイーターは音を超えた空気感まで再現するところが独特であ り、その後同じような構造のリボン系のユニットが出る中で最高の出来だったと思います。この方式自体は特許がず いぶん昔に取得されたものでしたが、その当時は製造技術がなく、フォトエッチングのIC技術とともに実用化可能となりました。確 か日本のフォステクスの方が先に製品化したのではなかったでしょうか。FT5RPという似た構造のツイーターをだいぶ昔に試した ことがありました。良い音でしたがEMITに比べるとマグネットの弱さやいくつかのノウハウの違いがあるようで、「空気感」とい うよりも「細くて繊細」と 言った方がよい音だった記憶があります。インフィニティ以外のリボン系ツイーターもそれと良く似た傾向の音のものが多いように思 います。一方でインフィニ ティ・リボンの音の方を色付けがあるといって嫌っ た著名なオーディ オ評論家もいるようですが、聞いた印象ではその人の言うような「暗さ」もなく、「粘液質」な色もなく、生の弦楽器の浮遊感を自然 に表現できる数少ないツイーターだったと思います。


         rs2.54.5.jpg
   Infinity RS-4.5(左)とRS-2.5  中 型で家庭用として手の届く価 格で ありながら、低音から高音までクオリティの高い音を再生した。

  
イ ンフィニティはインフィニテシマルの他にも、3ウェイの家庭向きリボン型RS−U(a/b)やRS−4.5、RS−2.5、ミッ ドにドームを使ったRS−3、同じくポリプロピレン・コーンを使ったRS1.5 やリファレンス・スタジオ・モニター(RS−M)など、何種類かシ リーズ展開しており、日本にも入って来ていました。リボン・トゥイータと乳白色のポリプロ ピレン・ウーファーを組み合わせた初期のものはどれも今なお大変魅力的な製品だと思います。しかしアメリカらしい話ですが、アー ノルド・ヌデール氏は83年に会社を大手のハーマンカードンに売っ てしまい(タンノイもそうでした)、その後の製品は形こそ似ていて も・・・となってしまいました。彼自身はジェネシスという別の会社を立ち上げ、こだわりがあったのかIRSそっくりな四本 タワーのシステムを再度世に出したようです。インタビューに答えている彼の様子が YouTube に出てましたが、才能ある人特有の傷つきやすさからか、何かを防御し つつ目まぐるしく内部で感情が交錯しているような表情の、不思議な印象の人です。

 インフィニティという会社自体が消えて久しいことも あって、あの時代からずいぶんスピーカーも進化した、などという人もいます。「80年 代/90年代と今とではスピードが違う」というわけで、今のハイスピード製品には同じくハイスピードなアンプを組み合わせないと 本来の音が出ないのだと言われることもあります。ハイエンド製品の 音のバランスにも流行があるのかもしれませんが、スピードと言われると、核物理学のように電子が加速するのかと想像します。イン フィニティが消えても、その生みの親は別の会社で同じようなカプトン膜のリボン系ユニットを使って昔 と同じスピーカーを出し続けています。それがハイスピードに変貌したのかどうか聞く機会はありません。その新会社もまたハイエン ド製品に特化しているようで、235,000ドルというプライスタ グが掲げられているそうです。光 強ければ影も濃い土地柄なのでしょう。



INDEX