オンキョー (ONKYO) C−700

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       フェ イスパネルはデザイン上の好みから加工してあります。

  
飛 び抜けた自然さ
 これは 私の「メートル原器」です。他の機器の音を判断するときにこのCDプレーヤを基準にします。そして単体DAコンバーターを含めていまだにこれを超える自然 な音のプレーヤーを私は知りません。100万円を上回るようなハイエンドのプレーヤー/コンバーターならもっと音が良くて当然と 思うところですが、高いも のには高いものなりの音離れや雰囲気、例えば大きな電源による低音のスピードとエネルギーの高い感覚、静かな中にヴァイオリンが 細く浮き出して聞こえたり する輪郭などがあるにせよ、生の楽器のやわらかな表情や演奏家の呼吸を人工的な響きにならずに伝えるという方向とは違うようで す。酸っぱい葡萄的な言い草 ですが、プラシーボでない限り価格と音とが必ずしも正比例しないというのは経験のある人には分かってもらえることだろうと思いま す。そして価格だけの問題 でもなく、スペックの良い最新モデルも、どうも表情に乏しいように感じて聞き疲れするのはなぜでしょう。

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       CX20152  積分型の古い DA コン バーター IC だが、最新の IC でもこれを超えられない?

DA コンバータ・チップと方式   
   C−700(海外でのモデル名はDX−200 Integra)はCDプレーヤが世に出てきた80年代の製品で、ディジタル信号をアナログに変換するDAC(DAコンバータ)のICにソニーの
CX20152 という積分型のものを使っており、CX23034というチップの2倍オーバーサンプリング・ディジタルフィルターを組み合わせて います。この積分型のICは弟分のC−500X Integra(海外では D X−3200 Integra)にも使われ、型番違いのチップながらシーメンスのCD プレーヤな どにも搭載されていたようです。さらに他メーカーでは開発元のソニーはもちろん、パイオニアやケンウッド、日立、京セラ、ダイア トーンなどにも採用されま した。一方で、同じ時代にはフィリップスでは4倍オーバーサンプリングのフィルタを組み合わせたTDA1540や1541など が、バーブラウンでは2倍か 4倍のディジタルフィルターと組み 合わせたPCM53、54、56などの二桁番台のDACチップがあり、16ビット(マルチビット)の方式として今でも評価が高いですが、フィリップスは DEMという独自型、バーブラウンは(R2R)抵抗ラダー型で、どちらも積分型ではありません。

   
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       CX23034   2 倍オーバーサンプリング・ディジタルフィルター  次数低 い方が有利?

   積分型はマルチビット方式でありながら後の1ビット方式(ΔΣ変調方式とも言い、ΔΣは微分積分の意味)の発想の原型にあたるもので、歪が少なく、抵抗ラ ダー型マルチビット方式で問題になる各演算回路への電源供給の不揃いさを原理的に含みません。働きとしては、CDに記録された ディジタル値をカウントして いる時間だけコンデンサーに一定電流を流しておき、そのコンデンサーに充電された電圧をアナログ出力とするもので、 時間軸方向の量を基準に DA 変換しています。計る間の時間が必要だということは、速い速度には対応しにくく、高周波を処理する必要のある高次(2倍を超える)のディジタルフィルター を導入できないものの、値の正確さでは有利なようです。回路の細かな違いについてはコンピュータ技術の素養がない私には説明でき ないのですが、この積分型 チップと最低次のディジタルフィルタである2倍オーバーサンプリング式を組み合わせたもの、もしくはディジタルフィルターなしの 装置(ノン・オーバーサン プリング/NOSと呼ぶ人もあります)がCDプレーヤの歴史の中で最も自然な音がしたという意見を聞くことがあります。そして方 式のせいなのかどうかを突 きとめるのは難しいですが、私が知っている範囲のプレーヤでは残念ながらその理屈が正しいかのようです。C−700は昔の機械で すのでディジタル技術とし ては発達途上であり、測定器にかけたときの各種データは今のものに対して一桁も二桁も悪いのだろうと思います。I/V変換、およ びアナログ出力段と思われ るところは真空管でもディスクリートでもなく、082Dや 5534、古典的な4558の元祖オペアンプ(JRC)が使われています。アナログフィルターも小型 SOP サイズのオペアンプ二つとチップコンデンサー、プリント抵抗から成る7次の回路をセラミックで固めたムラタのパッケージ品です。しかしこの機械、懐古趣味 で言うのではなく、聞いてみると音の出方がきつくなく、それでいて高域の分解能も良くて弦の倍音成分も豊かに出します。しかるべ き装置で聞くアナログLP より良いとまでは言えないまでも、ディジタル・プレーヤ特有の耳の痛くなるつぶれ傾向が比較的少なく、かなり満足行くものと言え るでしょう。

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       MURATA のアナログフィルター  ディジタルフィルターの後に使用


音の感じ
   具体的にその音質ですが、ある一瞬の音のきれいさという点では他のプレーヤでも良いものはたくさんあります。低音も腹にこたえる歯切れの良い重低音というわけでもなく、大 型のトロイダル・トランスと平滑コンデンサーに交換してみたTDA1541機 に負けています。しかしやわらかいピアニシモから鋭いフォルテまでの変化の幅という観点で見ると、他のものはちょっと追従できな いようです。これは大変不思議な現象です。音量のダ イナミックレンジではなく、いわば音色のダイナミックレンジが広いのでしょうか。

   別の観点から見ると、中域から高域にかけてのソリッド(塊)感が少ないとも言えます。音の隙間が開いて、空間を感じます。平たく言えばうるさくないので す。この場合空間というのは広がりと奥行きという三次元定位の意味ではなく、一つの音が鳴っているときにそれが他の音を圧倒する ことがないという、音色に 関わる隙間感です。デンスネス(密度感)というような言葉をアナログ的で良い音という意味に使う人もありますが、香水も煮詰める と便の匂いになるように、 密度の詰まった音は耳に痛いことがあります。例えば特定帯域が強調されると、周波数によってはガラスの破片を踏む音が混じってる ように聞こえたり、キンと したり、もっと低い帯域であればメガホンで遠くへ呼びかけているような音になったりします。反対にそんな風に一定帯域の音が他を マスキングすることがない 場合は、音楽をかけながら話をしていても会話が聞き取りやすくなります。それが音の隙間があって見通しの良い音です。C−700 はそういう意味で静かなプ レーヤーなのです。悪く言えば迫力がないというのでしょうか。時間軸方向のにじみが少ない、つまり特定周波数帯でのエコー成分が 少ないか、あるいは同じこ とですが、音の立ち上がり立ち下がりが良くて波形の崩れが少ない、つまり歪みが少ないかのように聞こえます。ただ、最近のICの 方が歪率のデータはいいは ずなので、結局よく分かりません。実際、エコー成分といっても録音された音源にはホールトーンなどが最初から入っており、そこに 後から自分でエコー(リ ヴァーブ)をかけてみると分かるのですが、多少のことでは判別できないものです。それでもC−700と他のプレーヤーとでは聞い たときの違いがあります。 決して他のプレーヤーが特定の周波数のみ音圧が高い(音が大きい)ということではありません。もちろんC−700がいわゆるカマ ボコ周波数特性で高域がボ ケているわけでもありません。

   数値では表しにくいこうした性質は、オーディオファイルではなく音楽好きにこそ重要なファクターですが、本当はオーディオ製品を評価する上で大切な性能の 一つではないでしょうか。このような音を出せるICチップ(SONY20152)が存在しながら現在は手に入らないのは残念なこ とです。元々これを開発し た技術陣も、この優れた音質を目指して開発したわけではなく、DA変換という機能を実現させる独自設計を模索するなかで付随的に 出てきたものなのでしょ う。そしてICというもの自体が、一定数作ってはラインを廃棄して次のモデルに移って行くという生産文化の産物ですので、少数の 人がいくら叫んでも再生産 される見通しはありません。次々と新しいモデルが設計されるということも、進歩と見えて実は売るための戦略だというのはテクノロ ジーと資本主義の連立方程 式でしょう。ということは、いずれまた音色の自然さを目指したのではない設計から、偶発的に自然なものが生まれてくることもある かもしれません。

改造
   ここで少しおことわりしておかなくてはいけないことがあります。それはこのオンキョーC−700、私のものは中の部品が大幅に換えてあります。回路は変 わってませんし電源にも手を入れていません。オペアンプすらしばらくはそのままでしたが、コンデンサーや抵抗などが元のものとは 違います。電解コンデン サーは主にブラックゲートに、抵抗類は一部人工衛星などにも使われるプレート抵抗に、フィルム・コンデンサーは音色の良かっ た廃盤のスチロール・コンデンサーに交換することで、元の設計よりも解像度がかなり上がっています。でも部品交換をしていない素の状態でもC−700は優 れていることに変わりはなく、細部もマスキングされずによく出ています。自然さにおいて他に比較するものがなく、このままでも十 分良いのです。しかし素性 が良いだけに部品を換えて行くとうるさくならずにリアルさが増してくるので、私は部品交換版をリファレンスにしているわけです。 ただしこれは私の改造では なく、多田オーディオという都市伝説級の中古オーディオ専門店の仕事です。演奏家 の生録音などもしていると聞くこの店のご主人はこのC−700の積分チップと低次ディジタル・フィルターの音色の優位性を80年代から唱えておられ、改造 にあたってはパーツを一つずつ交換して音を聞き、二年かけてバランスを整えたそうです。そのときに使ったベースのプレーヤは PLAYボタンの印刷がすり 減って消えているのを私も見ています。宣伝するつもりもその立場でもないのですが、店構えもそのまま都市伝説ですので興味のある 方は見てみてください。入 り口を二つの錆びたエアコン室外機が今にも落下しそうな風情で狛犬のように挟んでおり、外壁タイルは一度も掃除されたことがなさ そうな灰色。商品の隙間を 横這いになって入って行くお店です。驚くべきことに看板が一切なく、間口に税金がかけられた古都の商家のように入り口が狭いた め、休日にシャッターが閉め られると常連ですら見つけられずに通り過ぎてしまいます。

ウィークポイント
   音質的に大変満足しているC−700(改)ですが、ピックアップの不安定さと可動部経年変化への心配はあります。昔の設計のピックアップはCD−Rを読み 難いです。メーカー供給終了後も ebayで買えたりするとはいえ、世の中に変化して行かないものはありません。したがってその問題さえなければ他のプレーヤは不要なぐらいですが、今は他 事をせずに音楽を聞くとき専用にと普段はオンキョーを休ませています。DAコンバーターとしてCDトランスポート部と分割できる と良いのですが、それ用の インターフェースを用意しなければならず、ディジタル回路の知識のない私には手に余ります。インターネットで検索してい るとこの時代の一体型CDプレーヤを分離させ、SPDIF(Sony Philips Digital Interface)に換えてDAコンバータ部分のみ取り出す改造をされている方もおられるようです。
ヤ マハのインターフェース IC で可 能という話も聞きましたが、そういうことができる人の能力には感心するほかありません。もし可能なら、ついでに輸出仕様のDX−200の ように光ファイバー伝送をやめ、巨大トロイダル・トランスとローノイズ・レギュレータで別 電源を作って、アナログ・フィルターもディスクリートに改造したらどうなるのだろうか、などと夢は枯野をかけめぐります。


 この記事を書いた後、オペアンプは色々と交換してみました。その模様は「オ ペアンプの音質比較」の項でレポートしました。
ま た、バーブラウンの DAC、PCM53を 使っているLo-D HDA-001 のコンバーターを後に色々改造してみたところ、音の出方は違うもののそちらもC−700と同 等以上に自然な音色になりました。 Lo-D の方はアナログ・フィルターを基板上に作り直しているため対等な比較にはなりま せんので(フィルター製作前はC−700に軍 配が上がりました)C−700でも 同様にスチロール・コンデンサと MUSE のオペアンプなどを使ったフィルターを製作してみて比較したいところです。

  それと不具合の件ですが、上 記 Lo-D 001の コンバーターで あったようなアナログ・フィルターの経年劣化をその後経験しました。001ほど熱に弱くはないようですが、長年使っているとやは り壊れるようです。バチッ という大きなノイズがスピーカーから時々出るようになり、片チャンネル音が出なくなったりすることもあり、ムラタのフィルター・ モジュール(上写真) を交換したら直りました。お使いの方は同じ症状が出たら疑ってみてください。

 あるときから歪が出るようになってきた、という症状に見舞われることもありました。原因は色々考えられるようですが、基板下段 中央奥に縦に三つ並ぶブ ルーの小さな半固定の可変抵抗器(トラッキング、フォーカス、スピンドルなどのサーボ調整用)を調整することで直る場合もありま す。微妙なものですから触 る前に油性細ペンか何かで初期位置の印を付けておいてから動かすと良いと思います。接点を掃除できるなら無水アルコールかパーツ クリーナーのようなプラス チックを冒さないものを使って何度か回してガリを取るような要領で行うか、接点復活材(長年の間に樹脂を劣化させます)を吹きか けてから同じようにぐるぐ る回して元に戻し、パーツクリーナー等で成分が残らないように洗っておくようにします。調整位置は最終的には調整前と比べてわず かな角度変化になるはずで す。



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