CD トランスポートで音が変わる? CEC TL51X

    tl51x.jpg
       
CEC TL51X CD Transport

 DA コンバーターの話はいくつか書いておいて、そこへディジタル・データを届ける CD トランスポートについては具体的なモデルに触れないでいたのでした。なぜかというと、どうも腑に落ちないからなんです。それはディジタル・データの受け渡しに音の善し悪し があるのかどうかという、例の問題です。

サーボ駆動による電源電流の変動説

 ご存知の通り、ディジタルは1か0かの信号であって、ある閾値を越えたら1、越えなかったら0であり、それさえ間違えなけ れば音が途中で悪くなることが ない理屈です。でも CD トランスポートによって音が違うことは半ば常識になっています。私も自分で聞いてみた限り確かに音が違います。どうしてなんでしょう。調べるとレーザー光 の反射散乱やジッタの話が出てきますが、どこか不明瞭なところがある気がして素人にはなかなか分かりづらい内容です。なかで もよく聞かれるのは、読み取り 部のサーボ駆動で電源変動が起きて、それが悪さをするという説です。聞き慣れないサーボという言葉が出て来ました。 servo はラテン語の奴隷という言葉から発した、物の動きを思い通りに支配する機械のことであり、ここでは CD に記録されているブツブツの穴(ピット)にレーザー光を当て、反射した値を読み取るときに、そのブツブツの穴の列からずれないようにレンズを左右に動かす 制御装置のことです。陸上の掛けっこで言えばトラックから外れないようにするわけです。実際は他にも、情報を読み取る側の呼 吸に合わせて CD の回転数をコントロールしたり、レンズの焦点を適切に合わせたりするもう二つのサーボ装置から成っています。瞬時にモーターで動かす必要があることから大 きな電気を必要とし、それが他の部分に何か影響を与えるということのようです。

波及経路
 ではその電源変動がどこにどうやって影響を与えるのでしょうか。どこに与えるかの第一候補は CD トランスポート内部ではなく、その先につなぐ DA コンバーターにおいてディジタル信号がアナログ信号になった後の部分であり、与える経路は1. 電源の変動波がそのままコンバーター側の電源にも及ぶ、2. 電磁波となってアナログの回路に飛び込む、3. PLL の乱れとしてコンバーターの同期を狂わせる、が考えられるようです。PLL というのはフェイズ・ロック・ループの略で、ディジタル機器というものはクロックという信号を使うのですが、簡単に言うと CD に入っている情報を回しながら取り出す際、高速で流れるブツブツの穴の流れに対して、それを読み取る側も同じ速度で走って読み取らないとちゃんと情報を受 け取れず、リレー競争でバトンを落とすみたいにすれ違ってしまいます。そのタイミング合わせをするためにクロックというメト ロノームのような働きをする文 字通り時計を設けておいて、その時刻に両者が合わせましょうという話があるのです。君が生きる呼吸とぼくのとは同じだね、分 かり合えるね、ということで す。同期というもので、その同期を実現させる回路が PLL です。同期を取る方法には種類もありますが、それは置いておいて、実際はディジタル回路の色々なところでこういうタイミング合わせが行われています。DA コンバータ側でも、送られてきた1か0のディジタル信号を読み取ってアナログに直す際に、PLL によって同期が取られています。説明が長くなりましたが、つまり信号を同期させるための時計が、 CD トランスポート部の電源変動によって DA コンバーター側のものまで狂ってしまい、その先でおかしなアナログ(音楽)信号になってしまうということです。

セパレート型

 それぞれを考えてみるに、まず電源の変動がそのまま電源ラインから影響を与えるという話ですが、トランスポートと DA コンバーターが別になっているセパレートタイプの場合、別に電源を取っているわけです。そのコンセント全体が影響を受けてる なら、別のコンセントから取る なり、影響を受けないクリーン電源の装置か何かで工夫をすればいいのではないでしょうか。そしてこの電源ラインそのものから の影響という発想だと、音の悪 いトランスポートは電源変動の多いトランスポートだ、
と いうことになります。  

 電磁波、つまり電波や磁界が発生して DA コンバーターのアナログ回路に飛び込むんだ説も、同じケースに入っている一体型の CD プレイヤーならともかく、セパレート型は別の箱に分かれてるわけです。そこまで影響するでしょうか。するなら、単純に磁性体(鉄)のケースで包んでアース を取るか、鉛の箱でシールドするかすれば済む話になりそうです。音の悪いトランスポートは、電磁波をいっぱい出すか、ケース のシールドが貧弱なトランスポートだ、
と いうわけです。

 PLL も同じことではないでしょうか。一体型なら同じジェネレーターで作ったクロックなのかもしれませんが、セパレート型ならそれぞれに水晶発振のジェネレー ターを持ってるはずです。詳しくは分かりませんが、なんなら精度の高い別の外部クロックを DA コンバーター側に用意すれば、CD トランスポートを高級なのにする必要はなかったりするんじゃないでしょうか。音の悪いトランスポートは、相手側の DA コンバーターのクロックを乱すトランスポートだ、という話です。

 以上は素人考えなわけですが、どうもサーボ起動による電源変動がアナログの回路だけに影響を与えているという考えは、感覚 的に納得が行きません。

エラー訂正機能

 ところが、そのように DA コンバーター部のアナログ回路の先で狂うのではなく、CD トランスポートのディジタル信号そのものでエラーが起きているんじゃないか、という考えには猛反発が起こるようなのです。メーカー側の責任意識とかディジ タル文明一般に対する役割同調などがあるのかもしれませんが、論点は一つです。エラー訂正機能というものがあるので、ディジ タル部分でのエラーは起きな い、というものです。

 エラー訂正とはどういうことでしょうか。これは大変難しいので、釣り銭も間違える者としては詳しい説明はご容赦いただきた いところです。ベクトルや行列 などの数学の知識が色々必要になってきます。第二次大戦でナチの暗号をイギリス人が解き明かしたという話がありましたが、あ あいう人は天才です。現代でも ディジタルの暗号通信の場合は暗号化する前か解いた後の各デバイスにハッキングを仕掛けるという原則があるらしいのに、不思 議な論理回路の機械を作って暗 号そのものを解読してしまったからです。このディジタルのエラー訂正の理屈もそこまでじゃないにせよ、時代が下った分だけお 利口なことになっているようで す。元の情報(CD の音楽など)がどんなだか分からないのに、送る途中で間違えたかどうかは分かる。どうなってるんでしょう。

訂正の基本的な理屈
 ディジタル信号でのエラーというのは、信号が一部消えて分からないか、1か0かの符号を逆に取り違えるかです。その間違い を検出/訂正するために、CD にはあらかじめエラー訂正だけに使う暗号を音楽データとは別に付加してあります。つまり音楽で使えるメガバイト数よりもちょっと余分に情報が記録されてい るわけで、それを最小限にしないと本来の容量が減ってしまうので数学の知識を動員してなるべく少ないヒントから間違いに気づ けるようにしています。

 元情報を知らなくても間違いが分かるのはどんなヒントかというと、元の情報に細工(演算処理)をして情報量を減らした、あ る種元情報を要約した符号で す。それにもう一度数学的処理を加えて方程式を説けば、全部じゃないけどある程度元の姿が現れます。あんまりたくさん間違え るとお手上げだけど、いくつま でなら大丈夫、みたいなのがある。いわば断片的な圧縮のように考えればいいのでしょう。指名手配犯の詳細なカラー写真が元の 音楽情報だとすると、誤り訂正 記号というのはモノクロ の一筆書きによる似顔絵のようなものでしょう。どんな下手な絵でも髭が生えてるかどうかぐらいは分かります。見比べたら元画 像には髭がなかった、ああこれ は犯人じゃないぞ、というわけです。ただしそうやって誤りに気づくだけの暗号と、気づいてそれを正しく訂正できるまでにする 暗号とでは符号の総量に違いが 出てくるので、間違えてるからもう一度読み直してね、というだけの節約手段もあります。CD ロムがデータを取り込むときには、そうやって何度かリトライさせているようです。音楽 CD の場合はある程度は途中で溜めるかもしれないけど基本は即時対応ですからやるべきことは限られており、あまり大きなエラーだと間違いを直すまでは行かず、 補間といって前後のデータから想像して近似値で穴埋めする場合もあるそうです。そう聞くと、データをパソコンのハードディス クに正確に吸い出して(リッピ ングして)おいてそこから再生する方が音が良いようにも思えるのですが、試したところ、今のところ CD の方が良いという不思議なことになりました。信号形式を整える DD コンバーターが良くないか、途中で何か乱れる要因でもあるのでしょうか。

定められた訂正率

 話が逸れましたが、それなら CD はどれぐらいのエラーを許容するように作られているのでしょうか。データ用の CD ロムと音楽 CD とでは基準が違っていて、それぞれ音楽 CD の規格はレッドブック、データ CD の方はイエローブックという規格書に決められており、音楽 CD の場合は10のマイナス9乗ぐらいにエラーは抑えられているそうです。10を9回掛けた分の1ですから、単純に計算して良いものやらコンピューター技術に 明るくないので分かりませんが、相当少ないようには感じられます。エラー・カウンターというものもあり、わが家にもあります が、どういう回路かはともかく 通常はほとんどエラーのランプも点きません。

 それでは理論通りにディジタル部でのエラーによる取りこぼしはほとんどないのでしょうか。エラーカウンターや訂正回路を擦 り抜けて来るエラーって、あり得な いのでしょうか。CD で何度も同じフレーズを繰り返し聞いていると、何度かにいっぺん僅かですが音が違って聞こえる場合もあります。弓が弦に強く当たる際の鋭い倍音がより聞こ えたり聞こえなかったりするのです。そういうのもそら耳かどうか、個々の CD トランスポートの実際の運用実績が知りたいところです。

 一つだけ確実に言えることがあります。もしエラーがほとんどないまでに訂正されているという前提が正しいなら、CD トランスポートの違いで音が変わることはありません。正しい情報が DA コンバーターの入り口まで届けられているのですから、さっきの電源誘導とかの苦し紛れな話になってきます。どうやら摩訶不思議な魔法であって、魔法は色々信じるにしてもこ れはどうでしょう。陰謀説じゃないけど911のときに第7ビルが崩壊したミステリーのようです。


CEC TL51X について

 さて、信じられない話として、今使っている CEC のベルトドライブのトランスポートは大変気に入っています。TL51X です。他のものと比べてみましたが、プラシーボでないなら低い方はどっしりとして密度を感じさせ、安定感があります。そして中高域には嫌な色が乗りませ ん。アナログ的な音の最右翼と言われるのが分かる気がします。こういう機種って今は少ないです。これにバーブラウンの PCM53 という初期の IC を使った16ビット2倍オーバーサンプリング・ディジタル・フィルター搭載の DA コンバーター、Lo-D HDA-001 に多少手を入れたものを組み合わせて使っています。自画自賛のつもりもないですが、フィリップスの TDA1541A を積んだ Naim の名機で当時100超えの高級機だった CDS-1 と並べて聞いても情報量が多く、潤いがあってより繊細な倍音を響かせています。安物のトランスポートに変えると自然さが減っ て途端に旗色がよろしくなくなるので、トランスポートは大切だと痛感します。

 歴史的に CD ドライブとして定評があったのはフィリップスの CDM-1 ですが、あれは CD の開発と同じ頃に、その鍵を握っていた会社の一つでもあるフィリップスがしっかり設計したスイング・アーム式という、LP のアームのように軸を支点に回転する動きで読み取る装置でした(一般的なのはレールの上を平行移動して読み取るスライド 式)。ガラスのピックアップ・レン ズ(普通はプラスチック・モールド)を備えていて、それがドイツのローデンシュトック製だというのが売りであり、そのレンズ だけでも音が違うんだと主張す る人もいました。全体ががっちりとしたダイキャストのフレーム収められていてその造りは確かに惚れぼれします。現行品はない のでトランスポートが欲しけれ ばフィリップスの LHH-1000 のドライブ部やマランツの相当品のようなものになるでしょう。後継の機種としては CD-PRO2M が出て、そちらも人気があります。

 一方で TL51X はベルト・ドライブ構造で、ベルトの弾力によってモーターの振動を直にディスクに伝えないようになっています。ピックアップ部には防振材を使用していま す。持ち上げると分かりますが、通常の一体型 CD プレイヤーよりもずっしりと重く(9.9Kg)、造りも頑丈なようです。CD にはスピンドルの上から300gの重りを乗せます。CD がしっかり固定されると同時に慣性モーメントで回転も安定します。これらは
メー カーの説明書きを見ると「盤 面に記録された微細な信号を正確に読み取るためには」とか「モーターの電流変動やサーボ・エラーに全く影響されない」など、 読み取りエラーを抑える努力のようにも解釈できます。後で符号が正確に復元されるなら必要ない工夫です。 

 TL51X は製造打ち切りの旧モデルで、現行のものでは TL5 と TL3 3.0 があります。

    tl5.jpg
                                         CEC TL5 CD Transport
TL5
 TL5 の方が廉価で、余分な装備は何もなくてただのトランスポートで潔いです。デザインもシンプルで素晴らしいもので、知ってる CD プレーヤー類の中で一番きれいだなあと思ってます。何も飾りがないので最も高級に見えます。シルバーと黒があるので、黒なら今使ってるミュージカル・フィ デリティ A200 と合わなくもありません。これが欲しいと思ったのですが、今のがいい音で鳴り続けているし、TL5 の方が幾分重心が上にあがって輪郭のくっきりした明るめの音になってるという噂も聞いたので検討中です。重量は TL51X より1.6キロ軽い8.3Kgです。

    tl3.jpg

                                        CEC TL3 3.0 CD Transport
TL3 3.0
 TL3 3.0 の方が後発で、価格帯も上です。TL0 や TL1 といった重量級と比べるとものものしいものではなく、安いかどうかは分からないけどこの手のものとしてはリーズナブルであり、決してハイエンド価格ではあ りません。重さは TL51X より1.1キロ重い11Kg。外見は TL5 に似ていますが、蓋のツマミが大きな丸いものになり、前面パネルの板厚が増えてRを取った窓にその断面が見えるデザインになっており、アップサンプリング のボタンも増えた分、すっきり感は減りました。でも私自身が CD にアップサンプリングは要らないという考えなので余分なものが増えた気がしてるだけで、TL51Xのパネルにラインが刻まれてるのからすれば一枚板でずっ とシンプルです。ベルトドライブですが、スピンドル以外のピックアップの駆動もベルトを介して行っています。そしてこちらの 音は TL51X 同様どっしりとしていてアナログ的であるらしく、かなり良いと聞きます。かなり気になりますが、実はまだ試聴していません。

 CEC は大変個性的なメーカーで、その独特のベルトドライブのトランスポートは海外でこそ人気だと聞いていました。しかし残念ながらそのままは存続せず、一度解散して現在はエス テックという別の会社が引き継いでいます。CEC から二人の技術者が入り、その方たちがまだ開発、製造を続けるということのようです。先日も 51 のピックアップが使い過ぎで不調になったので修理に出し、無事に直ってきました。写真のカウンターの文字がグリーン系に写っているのは以前のブルーの液晶がなくなったから だそうで、何にせよ直るということはありがたいことです。商売が上手く続いてほしいものです。



INDEX