自然な音色のヴィンテー ジ・アンプたち 
    Natural Tone Vintage Audio Amplifiers
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               300B Single Ended Tube Power Amplifier


真空管アンプ用語集はこちらです。
 
きつい音
 オーディオ好きの人が言う「いい音」は勘違いではないでしょうか。受けを狙う小説のように最初の文で挑発的にしてみましたが、まあ、決めつけるつもりもないのです。驚かせて虚を衝くのは催眠の一手法ということで、耳目を集めようとする断定で畳みかける人、面倒くさいですものね。そもそもが ”オーディオマニア” 自体が、昨今はわけの分からないことを言う高齢の人というイメージすらあるようです。”サブスク文化 と国が貧乏になって若者が買えないということもあるのでしょか。でも、本来は音楽を聞く道具だったはずのものが音を分析する虫眼鏡になっている、という事態は昨日始まったことではありません。「ミュージカル・フィデリティ」という名のアンプ・メーカーもあって、わざわざそう呼んだ名前にも同じ問題意識を感じます。「ハイスピードで切れが良く、分解能 (resolution)が高い」現代的な音と評されるものは、文字通りリアルな再生ではなくて、残念ながら何を聞いてもそう聞こえる音である場合が多いように感じます。 シャープネス・スライダーを上げ過ぎたみたいに輪郭がきついのです。ライズタイムやスルーレイト(立ち上がりと反応の速さ)といった物理特性は確かに存在しますが、本来反応の速い音であれば余計な色は加えず、やわらかい音の楽器はやわらかく再生するはずなのに、褒められる多くの機器が高い周波数のどこかに耳につくところがあり、それ以外の音がマスクされて聞こえ難くなる癖を持っていて、悪くすればメタリックにもなります。高域はどこまでもすっきりと伸びている必要がありますが、それと強調があって音色が悪いのとは別の話です。世のオーディオ製品のほとんどに何かしらそんな「切れの 良い」色づけがありはしないでしょうか。その種の解像度 (resolution) は、後からシャープネスを上げる画像処理が色を反転させた隈取りを加えるだけ *1 なのと同じで、解像「感」と言い換えるべきでしょう。

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やわらかい音
 そしてその対極にある音は「暖色系でクラシック向き」だとか、 「少し前 の球っぽい」音だなどとカテゴライズされ、何かもたっとして反応のふやけた、弛い音をイメージさせます。こ れは機器を作る側と評価する側の双方が、音楽に格別興味がないか、生の楽器の音をあまり聞いたことがないことによる誤解であっ て、あるいはやわらかく繊細 な弦楽器や木管の音は重視せず、炸裂するブラスや目の覚めるシンバル、トライアングルが目の前で拡大されて鳴るような強調された 音を期待するという状況な のでしょう。こ れでは「リアル」の意味を取り違えているとしか思えません。クラシックには向いてるけどポップスはだめ、とい う表 現もよく聞かれます。やわらかい音が出せる機器でもポップスはきれいに鳴るはずなのに、です。ジャズやロック向きと言われる機器 は聞いてみるとどれもいわ ゆるドンシャリ *2 のことを 言っているようです。
 そ もそもポップスの場合、スタジオでコンプレッサー *3 をかけています。子音を強調したりアタック感を強めたりできるので、原音なんて関係ないほどに音をいじっているのが今や当たり前 です(ミュージシャンには やり過ぎを好まない人もいます)。元からそんな風ならオーディオ再生の側でも元気な味付けが好まれるかもしれません。
  クラシック音楽でも録音時にマイクを通って技師が調整した段階でやわ らかい生のバランスは失われており、ある程度圧力感のある輪郭の立った音になっているのであって、原音再生だとそのまま耳に痛い 音が出て来て当たり前だと いう理屈もあり得ます。そうなると自然な音の再生装置は「やわらかい色づけ」があるという話になりますが、その仮説は保留にして おきましょう。最終的に聞 こえる音が大事だからです。
  クラブ・ミュージックなどのシンセサイザー音源の音を愛好する場合だ と、ジャンルとしてその重低音のリズムと乗れる展開は素晴らしいにせよ、電子音については元の音が分からないので原音に近いとい う概念自体が成立せず、い い音の定義もまた別のものになるのかもしれません。店で映える派手なサウンドでないと商品が売れないという事情もあるでしょう。
 結局のところ、子供にクレヨンを握らせたら何でも原色で塗られ てしまう というか、ポテトチップのように刺激的な味付けでないと満足しない大衆というのは もの分かりがいいとは言えないわけで、お金を持つ者が情報を握り、法も陰から動かして格差が広がるばかりという現代にあっては耳 の良い設計者もマーケット 圧力に負けてしまうのかもしれません。人々 が リアルな音と賑やかな音の 違いが分からない状態にある限りは仕方がないのでしょう。 

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ハイエンド? 
 それでもうんと高い機器ならどうか、という話もあります。どう 思われる でしょうか。ソースティン・ヴェブレンという19世紀の社会学者が、財力を見せびらかすために必要以上に高価なものを買う「コン スピキュアス・コンサンプ ション(誇示的購買)」という言葉を作っていますが、その場合、高ければ高いほど喜ばれるのです。そういう需要があるわけで、ア ンプだって使ってあるコン デンサーが価格に比例しているわけではありません。開発者や売り手から見れば実像が見えることでしょう。しかしそれでもなお、見 合う質というものもあるの ではないか。さすがにきらきらの安っぽい色づけはないだろう、と。一時期ハイエンドの代名詞みたいに言われたブランドとか、楽器 をやる人にとっては果たしてど う だったのでしょう。批判目的ではないので名は伏せますが、 海外の有名なハイエンドの最新アンプを B&Wノーチラスの立派な大型スピーカーにつないで聞かせてもらったこともありますが、細かな音をよく拾って分解能が高 く、何かの色づけで他をマ スクすることは少ないものの、どこかクールで自然な音楽の乗りが感じ難いところがありました(独り言だけど、「クリアな音って、 楽器が全部ガラスで出来て るように鳴るってこと? シンデレラの靴だね」)。現代の高級路線はそうなりがちです。また、小さな回路でいい音と言われる安くないデジタルアンプ(D 級)も普及してきましたが、 テレビ用には素晴らしいサウンドだけど、どことなく圧縮音源のスムーズさのようなものも感じさせます。 国産のハイエンド・ブランドも、あるものはそれこそ一千万超えのシステムでも聞かせてもらったものの、やはり不自然な色が高域に 乗ってるように聞こえまし た。噂によるとそれに関しては JBL のモニター・スピーカーにつなぐと凸凹が嵌って良いバランスになるのだとか。それなら JBL を買いますか。

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市場動向
 CD プレイヤーの項で書いた話を繰り返してしまいましたが、そんな具合で楽器の自然な音を求めるなら、アンプはよほど慎重に選ばない と聞き疲れのする音になっ てしまいます。特 にディジタル時代以降はそん な傾向が強くなってきたよ うです。海外でも事情は同じで、探すとするならば設計者が情熱をもって作り上げた最初のモデルを狙うと良いかもしれません。サ ヴェイランスが行き届けば一個人がこんなものが欲しいと思う主観から生まれる物作りは後退して 行きます。後 になるほど代理店の要求に屈して 宗旨替えしたり、二代目に 譲って別の音になったり、会社ごと大企業に売り渡してしまったりします。大資本の企業体がマーケティングによって作る高度に計算 された商品は技術者の顔が 見えない優等生であり、主 体性がなく、ど れも似たり寄ったりです。どこかの国が特にそうかもしれないけど工業製品は何でも同じことで、 M&Aの現代では昔のビジネス・モデルは通用しないのかもしれません。創 業者の個性が出る例は最近もコンピューターのマッキントッシュがありましたが、模倣と買収に負けたりもしました。技術面に翻訳す るなら、IC の集積化が進んで効率化するほど生気がなくなり、コンピュータ技術で自動化するほど感性が関われなくなる傾向があると言えるのか もしれません。こういうこ とは恐らくどれも 同じ社会現象の局面を見てい るのであって、何かが発達 すればするほど今はやり難い時代なのでしょう。それが最近のオーディオが音楽的でない音になった理由かもしれません。

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このページで扱う アンプ
 それならばヴィンテージものを買えばいいじゃないか、というこ とになり ます。懐古趣味で言っているわけではありません。古くなったものには手を入れ、初期の状態に戻してあげる作業をしなくてはいけま せんが、それでもわずかな 例外を除いて他に方法がありません。今 回のこのページで は、アンプの歴史的名機と内外の自然な音の機種を挙げてみます。音 の指標としてはいつもヴァイオリン族 のような擦弦楽器を聞いています。最も複雑な倍音が含まれ、細かいながら 全体としてはやわらかい響きを持っているからです。それが自然に分解されて再生できれば、人の声も人間らしく響くことで しょう。そういう装置はシンバルの 音も等身大です。

 アンプ、特にボリュームやセレクターが付いていて手で触るプリアンプやプリメイン・アンプはオーディオ装置 の 顔です。でも今まで アンプの記事を後回しにしてきたのは、私自身、いくらか遍歴した後で良いものが見つかり、それ以後はずっとそれだけを使い続 けてきた幸運があったからで す。    
 オーディオファイルといえどもハイエンド比較に特 化した 人、同じ球の別回路を色々試した人、ディジタル技術に明るい人など知識も人それぞれで、網羅は 多分無理だと思います。その方面で著名な作家の背後にも営業マンの影がちらついててご自分では選んでいらっしゃらないようだ し、数多ある アンプのどれがいいかなどということは、一般の個人ではなかなか全貌を知り 得ないことだろうと思います。古くからオーディオ店をやっていて様々なも のを聞いてきたか、メーカーが何でも持って来てくれるオーディオ評論家ぐらいでしょう。評論という仕事も大変でしょうけど、 メディアでスポーツカーのコメ ントをするならその車の接地限界での挙動を制御できる人がすべきところを、むしろ感心してしまうけれども運転経験もなくそん な原稿を書いていた文章のプロ フェショナルもいたとか。アンプの場合なら楽器の音を良く知る録音技師並みの人が評価すべきなのでしょう(といっても生録を する人だから自然な音を好むと は限らないのがまた厄介ですが)。そしてその評論家にしてもお金をもらう以上は正直なことが言えないですから、まともな感性 を持っていそうな人の発言から 裏を読み取る、などという芸当をこなさない限り妙な製品を掴みます。かく言う自分 も引き抜き材の豪華なケースに入った素晴らしいデザインの高級機を思い切って買ってみて、後からその音に後悔するという経験 もしました。

 そのように自分だけの経験では情けないことにもな るわけで すが、幸い商売が二の次なほど良心的で耳の良い人が営む名物オーディオ店に長い間楽しく出入り させてもらうことができました。音楽が好きで、自分が自然な音だと思う機器を良いと言う人でしたのでその意見は信頼してお り、おかげで随分教えていただい たものです。もう一人の店員さんもまた同じぐらい分かる人でした。不思議なものでメーカーの開発者が評価を聞きに訪れたり、 線材の会社が試作品を持ち込ん だりしていたし、そこで製品地図を教わっていた方がこの業界で押しも押されもしない存在になってもいるようです。実際オー ディオ製品というものは一つ試聴 するにしても、どれを聞くか見当をつける段階で選択が かかっており、その指針は素人にはなかなか定められないことです。したがってここでの意見は多くが受け売りと言えます。選ん だものだけ聞いたということ は、 取り上げなかった機種の中に素晴らしい音のするアンプが存在する可能性があり、今お使いになってるのがそうかもしれません。 満足しているものを変えるのは 時間の無駄です。時は移ろい、同じ状況は続かないもので、この音がいい、あの機械はだめだと言っているうちにあっという間に 全ては過ぎ去って行きます。そ してもうこれ以上は面白いものも紹介してもらえないという事態にもなってきてしまいました。半世紀にわたるその風変わりなお 店の経験と卓見を埋もれさせて しまうのはもったいないことで、その代わりというのもおこがましいですが、ここではそういう縁で得られた知識に少ない自分の 試聴体験を加え、感謝とともに 思い出しながらざっといくつかの機種を眺めてみようと思い立ちました。ですからオーディオ談義というよりも自分にとってどこ を探すかに役立てた見取り図で あり、音楽好きの人にとっての入門向けの話題に過ぎません。 

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 具体的な製品の話に行く前に一つおことわりしておかねばならないのは、音を聞くときに人間の耳は誰しもが同じ音を聞いてい るのか、というコンセンサスの 問題は考慮しない、という点です。そういう理屈を持ち出す人がいるわけですが、これは生理学的であると同時に哲学の分野でも あり、我々の認識の根幹を揺る がす難問です。全員が異なった認知をしているとなると、コミュニ ケーションも議論そのものも意味がなくなるからです。聾啞の方が存在するように、確かに肉体機能に個別の違いはありますし、 年齢とともに高い周波数が聞こ え難 くなることも知られています。しかしピアノの調律法を学べば、どうしてもできない人は一定数いても多くが習得できます。一流 のレコーディング・エンジニ アは年老いても水準を保ちます。ピーター・ウォーカーなど歴史に名を残す何人かのアンプ・ビルダーたちは良心的な音を作って きたと評価され、大企業の技術 者が上から口出しされたり、そもそも音の良し悪しがはっきり分からない理科の人であるのとは次元が違うと言われますが、一番 売れたわけではありません。 これは名のある演奏家に派手な表現をしたり正確に弾けたりしても音楽の情緒的味わいのない人がいて、それでも一定の人気を 保っているのとよく似た現象で す。好きずきと言えばそれまで、分かる人には分かるという世界もやはりあるでしょう。 



*1フォ ト・リタッチ・ソフトウェアやカメラに内蔵されている同じような機 能を使って、最近のディジタル写真では撮影した後で画像をシャープに加工するということが普通になりました。画像処理でこうした シャープネス調整をしなけ ればならない理由は色々あり、単に撮影時にピントが少しずれてしまったということもあるでしょうし、レンズの性能が良くない場合 もあるでしょう。あるいは 印刷時にインクが紙に滲む分を見越して予めシャープにしておくということもあります。しかし共通して語られているのは、ローパー スフィルターを通すことで どうしても画像が少しぼけてしまうからという話です。ローパスフィルターというのはモアレを防止するためにカメラ本体の撮像素子 に対して構造上必要になっ てくるもので、それがないフォビオンという方式もあるものの、多数派ではありません。そこで画像データを後から少しだけシャープ に見せるように工夫するわ けです。そもそもぼけているという状態は、例えば茶色い瓦屋根の上に青い空が広がっている写真だとすると、その境目が茶色から青 にスパッと切り替わってい るべきものが、境界線のところでぼやけて、茶から段々青になる幅が出来てしまっている状態です。ここを上手く計算して茶から青へ の境界幅のピクセルを縮め て急に切り替わるように出来ればいいのですが、コンピューター上での実際の処理はそうはなっていません。輪郭をきっかり切り替え る代わりに強調することに なるので、悪くすると本文で述べたように反転した色(補色)の隈取り線が目立ったりするのです。そうはなり難い「アンシャープマ スク」という最も普及した 方法(フォトショップなどでは昔からの手法)でも、輪郭線の部分が隈取ったようになるのは変わりません。どうやるかというと、一 度画像全体をよりぼかした ものを作っておいて(「ぼけたもので覆う」の意味のアンシャープマスクという語はそこから来ています)、それと原画との差を求 め、その差分だけを新たに原 画に加えるという処理をしています。その結果明暗差がより際立つようになります。言葉にすると分かりづらいのですが、グラフにす ると明暗差を表した山谷の エッジがオーバーシュートする(尖る)ようになります。そしてこの処理を拡大して見ると、屋根と空との境界線のところが、例えば 茶色い屋根の方が暗い色 で、空の青の方が明るい色だったとすると、瓦の茶色が空との境界線に近づくにつれて段々暗くなり、空の青の方も反対側から屋根の 境界線に近づくにつれてだ んだん明るくなって、境界の部分での明暗差が実際よりもくっきりとなるのです。輪郭部分の明るいところがより明るくなり、暗いと ころがより暗くなるわけで す。したがって元画像の質が上がって細部が細かく表現され、解像度が上がっている状態(500万画素が1000万画素になるよう に)とは根本的に違ってい ます。そのため、やり過ぎると不自然できつい画像になってしまいます。この話はオーディオ製品の解像度を上げる音作りによく似て います。

*2 ドンシャリの「ドン」にあたるのは漠然とした低音ですが、低音らしいと皆が感じる音は100Hz 前後で、50H zになるとスピーカーでもフラットに出るも のは案外少なく、弾性があってやや硬めに響きます。包み込むようなやわらかい低音に関わるのはむしろ100Hz ぐらいと、もっと下の重低音である35〜 40Hz ぐらい、30なら圧迫感で家が揺れる感じです。したがって「ドン」は100〜200Hz ぐらいが強調されて感じる状態でしょう。
 国際的には人間の声の領域である250Hz から2KHz までが中音の定義のようですが、時報に近い500Hz ぐらいになると中音部と感じる人が多く、500〜2、3KHz ぐらいが感覚的に言っていわゆる中音なのでしょう(3KHz は通常「低い高音」になります)。中央の1KHz は全体の音圧を決定する中心点のようなもので、2〜3KHz はもっと高い音と相まって艶の成分を作り出すベースの部分だとか、音の厚みの感じに関わりがあります。キンキンするのは4KHz 前後の高音で、ピアノで言う真ん中のド(C4)の4オクターブ上のシとドの間、鍵盤の一番右端辺りを叩いたような音です。ここま では一応楽音の基音に存在 しま すが、 それ以上だと倍音にしか含まれません。ということは、この倍音部分に左右される「きらきら感」だとか「シルキーさ」だとかは高音 部分に依存するので、「き らきらした/シルキーな中/低音」という表現は矛盾した言い方になります。
 金属音というのはこの基音部分の「キンキン」からその少し上の帯域にまで股がった感 覚です。 一般にはこのあたりから上を高音と呼ぶのでしょう(定義では 2KHz 以上)。「チャーン、チャリーン、チーン、シャリーン」というガラス音に近くなると5〜7KHz、「シャーン」ぐらい行くと8KHz 前後になり、「シー」となるともっと上の周波数です。10KHz 以上になるとトップ・オクターブと言ってもはや高音ですらありません。シルキーというのは恐らくシャラシャラした高い音の出方に 関係するのだと思います。
 さて、ドンシャリですが、このでんで行けば ブーミーと言われる150Hz(あるいは100Hz)ぐらいと7KHz 前後が持ち上がったか目立ったかしている音のことになりそうです。アンプは周波数特性上はほとんどフラットですが、音圧は変わら なくても立ち下がりが悪い などするとその部分が目立って聞こえます。動く人文字で動作の鈍い人がいるとそこに目が行くようなものです。実際高い方は 5〜7KHz ぐらいから上が出っ張った感覚だとドンシャリと呼ばれているようです。解説を探すと、もっと低い周波数とより高い周波数が強調さ れたグラフを描く人が多い のですが。実際にクラブなどに行くと 100〜150Hz に加え、5KHz をありったけに強調していて30秒とその場にいられないこともありますが、そういうのは恐らく DJ が一流ではないのでしょう。そ してこのシャリに当たる高域の、恐らくはその中でも上の方の帯域のどこかが中域とのバランスの上で巧みに強調されており、またさ れ過ぎてはいない結果、輪 郭がシャープに感じられるものが高級オーディオ路線における「解像感」をもたらしているのだと思います。つまり、いわゆる解像度 の高い音は、ドンシャリの 現代語訳、もしくはバージョンアップといったところでしょう。一方でド ンシャリの反対語は「カマボコ」だそうです。面白い言葉ですが、真ん 中が丸く盛り上がっている形を周波数グラフになぞらえているのでしょう。

  ついでに英語に興味のある人向きの話題です。英語圏ではバランス上高域が強いのは、ブライト bright、エッジー edgy、ハード hard、ハーシュ harsh などが主な表現ですが、こういう状況を言いたいことは多いのか、帯 域や出方によって違う ものの他 にもたくさん言葉があります。crisp, grainy, metallic, peaky, sibilant, sizzle, steely などです。反対に高域が落ちるとロールド・オフ rolled off とかダル dull、ダーク dark、ラウンド round、メロー mellow などと言われ、低音が飛び出してるのはヘビー heavy、出ないとリーン lean、シン thin などと言われます。前に出てくる感じの音はフォワード forward、ドライ dry、ヴィヴィッド vivid、アグレッシブ agressive、反対に引っ込んでやわらかいのはレイド・バック laid-back、ジェントル gentle などで、対象までの距離を表すこ の二 種の言 葉は反響の多い少ない ということにも関係します。
  そしてドンシャリですが、最も近い概念は Vシェープト V-shaped sounding でしょうか。これもカマボコと同じく周波数バランスを視覚的に捉えた表現です。日本語のドンシャリほどは多く使われない ようですが、他にも U-shaped(Vより中音エネルギーが低い)、中音が凹んでいる意から hollow, recessed mids などもあり、言葉で broad dip in the midrange と説明する例もあります。これは遠い音というニュアンスです。ドンとシャリという二つを連ねる擬音語的な言い方はなく、 低音の「ドン」に近いのはブーム boom(大型ラジカセをブーム・ボックスと言いますが、アフリカ系アメリカ人が肩の上に乗せ抱えて大音響で歩いている とか、クレーンの意味もあるながら ブーム・トラックなどと言うと、荷台全部をエンクロージャーにして巨大なウーファーを取り付けた改 造ピックアップがボ ディを目に見えるほど振わせてやって来るというイメージかもしれません)、ヘビー haeavy、バッシー bassy、サンピー thumpy low notes、エクストラ・バス extra bass などです。反対に悪いニュアンスを持った高音の「シャリ」に当たるのはティジー tizzy ぐらいでしょうか。
  もう一つの「カマボコ」に当たる単語となると、どうもことさらそういう意味での表現はしないようで、敢えて言えばティ ニー tinny(ブリキ缶みたいな)、テレフォン・ライク(電話の音みたいな)でしょうか。周波数的に真ん中が出ているので 前に出るの意味で forward もあります。英語だと両端が落ちているというよりも中音が出ているという認識になるようです。日本語のカマボコが持って いる丸い音というニュアンスで言い たい場合、低音が出ないことは意識せず、高音が落ちている表現で代用します。前述のロールド・オフ以下の単語です。中音 は常にプレゼンス presence という観点から捉えられ、ここが弱いと遠くなり、ボーカル帯域という認識が強いので V-shaped も歌がだめになるという理解になります。因みにシルキー silky はこと音に関して言うと上品は上品ながらさらっとした艶の感触というよりも、高音がソフトな場合に言われるようです。強 調されるわけではなく粗いのはコー ス coarse です。このように、ドンシャリカマボコという言葉は英語より日本語で効果的に使われているみたいです。

*3 スタジオ編集/ディジタル・エフェクトなど
 コンプレッサーは本来音圧を圧縮する(ダイナミック・レンジを減らす)ものですが、 その目的 以外にも音の効果を得るためにもかけられます。スレッショル ド、ゲイン、アタック・タイム、リリース・タイム、レシオ、ニーなどのファクターを操作することで子音を強調したりアタック感を 強めたり、高音/低音を強 調したり余韻を目立たせたりできます(消え方が不自然になる場合もあります)。コンデンサー・マイクを通した段階で歯擦音が強調 されることがあるのでそれ を減らす方向の編集もあり得ますが、大抵は迫力を求めて音を派手に立たせることに使われるようです。ライヴな臨場感のようなもの が欲しいのでしょう。
 ディエッサーというものもあり、マルチバンド(周波数帯域ごと)のコンプレッサーに 似ていま すが、特定帯域のみ圧縮できるエフェクターです。イコライ ザーで特定周波数だけ落とすのとは違い、ある一定の音量を超えたときだけその部分の音圧を下げることができますので、耳に痛い音 だけを上手に取り除けま す。しかし実際は音をくっきりさせるために最初にコンプレッサーをかけたり高音を上げておいたりして、それでキツくなった部分だ け取り除くような使われ方 をしています。
 イコライザーは古くからのオーディオ好きの人にもお馴染みのもので、ディジタルにな る前から ハードの箱が存在していました(グラフィック・イコライ ザー)。特定の周波数の音圧を上げたり下げたりするものですが、ディジタルのソフトウェアでは Q値といって、どのぐらい急峻/なだらかにその部分を変化させるかの設定もできます。
 リバーブは残響です。これも今は細かく設定でき、どの周波数にどうかけるかを緻密な カーブで 選べるし、かかり始めるまでのアタック・タイムや残響時間、 かけない部分のフィルターもあり、個々にファクターを設定するのではなく、プリセットされた世界中のホールの特性を模したり、部 屋の大きさや性質を選んだ りもできます。
 他にもハムの持続音やホワイト・ノイズのような特定の雑音成分を測定してそこだけ除 いたり、 LP のようなパチパチというポップ/クリック・ノイズだけを除去したりもできます。また、エンベロープといって「ここからここまでの 間」というように特定の時 間範囲のみエフェクトをかけたりも可能だし、それらを次々と自動的に変化させて全体のエフェクトの流れをコントロールするオート メーションという機能もあ ります。大変便利になっていますので、CD のリマスターでも「マスターテープの音を忠実に」などという世界ではなく、積極的にいじっていると思います。道具というのは何で もそうですが、上手に使え ば素晴らしい効果が上がるし、そうでないと壊して不自然にしてしまいます。   


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                 Marantz Model 7 Tube Control Amplifier 1958                          Marantz Model 9 Tube Power Amplifier 1960


マ ランツ
  最初はステレオ時代を迎えた頃の歴史的名機からです。ヴィンテージなどという言葉をタイトルに掲げましたが、申し訳 ありません。50年代以前からのアメ リカの劇場用のもの、ウェスタン・エレクトリック(WE)や IPC(International Projector Corporation)/Simplex、イギリスのリーク(Leak)などには立ち入りません。戦前や戦後間も なくの頃の機器を理想とする趣味もある ようながら、そういう意味のヴィンテージではないからです。も し良いものさえあれば新しいアンプ の方が面倒がないと本当は思っているのです。前 置きばかりになりますが、真空管のアンプを作っていたメーカーはそれこそいっぱいあって、アメリカには他にもスコッ ト、フィッシャー、アクロサウンド、 フェアチャイルドなど、今でも中古屋さんで取り引きされることもあるようです。イギリスでもローザー (Lowther)も緑色の アンプを作ってたようだし、とても私には触れられません。日本でも今名前を知られているような会社は全て球のアンプ を手掛けてました。歴 史を振り返ると妙な気分になります。そ うしたものを開発した人たちの悲喜こもごもの夢だの支え合う愛だの、音にして聞いたら泡がはじけるようなそれぞれの 人生がいっぱいあったわけで、我々の意 識はイナゴの群れのように旅を続けているのでしょう。地球を壊して次に帰るところがなくなったらどうするのでしょう か。
  何はともあれ、最も権威があったのはウェスタンで、悪いと言っているのではなく、古いクラシック愛好家がフルトヴェ ングラーやリヒター、バックハウスな どを崇拝するような位置につけています。シアターというプロ用途であったことが一層くすぐるのでしょうか。一般に知 られているのはマランツやマッキントッ シュの方であり、そうしたブランド・ネーム一番のものを手にして飽きてしまうと、次には二番手へは向わず、遡ってや はり一番だったものを探しに行くのかも しれません。ナンバーワンだけに価値を置く winner-take-all 戦略のビジネスリーダーもいますが、それで社会的弱者の雇用を守っているにせよ、案外良いものはトップに数の力で負 けた無名の多様性の中に含まれているの かもしれないわけです。名車を欲しがる人が形や歴史を見ていて乗ったときの感覚で選んでおらず、乗ってみて高い評価 とは別の面に気づくということもありま す。それと同じか違うか分からない話としては、一番洗練されたものや混ぜ物のない本物は案外好まれず、少し純粋さが 落ちたいわば二番手の商品の方がよく売 れるという一般的な現象もあります。必ずしも値段の問題ではなく、行列を作ってる店を見れば分かったりもするわけで す。長 い目で見て歴史に残るものは別にせよ、それ が商売の難しさなのでしょう。ウェ スタンの話ではなくなりましたが、まあ、いろんな意味で一番にこだわるってつまらないものですよ、ということかもし れません。

  それでも、古い名品に魅力があるこ とも事実なのです。以前胴の下に長いホーンが折り畳まれた有名な蓄音機を聞かせてもらったことがあります。それは口 の 中で甘くとろける蜂蜜キャンディーのように美しい音で、懐かしさに陶然と魅惑され、いけないものを覗いた気分になり ました。その後の歴史にはそんな音に電 気で力を与え、陰陽師の実体性というのか、何か引き返せない次元の魔王を呼び出そうと画策したものもあると思いま す。ただ、それらは Hi-fi というのとは別の世界です。文学的アプローチを一旦保留にして、 波形編集ソフトウェアでイ コライザーと部分エコーを使って同じように聞こえる周波数バランスを求めてみれば分かることと思います。もちろんア ンプ自体はその時代からワイドレンジで 現代のスピーカーと組み合わせても全然 OK です。金色の格好いいリークのパワーにはその後ステレオのモデルも出ました。*4 多分色々良い音のものはあると思うのですが、残念ながら私はちゃんと聞いたことがなく、ウェスタンのトランスのコア 材料がパーマロイだった件についても分 かりません。 その時代が懐かしい方や球マニアの人に一括でお任せします。
  そしてもう一つ思い出すことがあります。これも昔の話ですが、海外の珍しいプレスの LP ばかり集めて売っている小さな個人店があり、その店主の方が口癖のように「(うちのを聞いたら)普通のレコードには 戻れん。たくさん集めてきた君のは全部 パア! 残念だったな」と繰り返し言うのでした。知ってか知らずか、多分この発言には催眠力があるのです。なんだか帰れない 勢いになり、そこで「いい音」として試 聴させてくれたアンプがリークのものでした。恐らくはフルレンジだと思われるスピーカーのせいで懐かしいラヂオの響 きであり、接触が悪いのでときどきボ ディをパン、パン、と乱暴に叩いてました。え らい店に来てしまったなとその日は 思ったものですが、あ の方も今や一足先に解放され、損得 のないところで一休みしていらっしゃることでしょう。我々の世界はほんと色々しんどいことです。

  さて、真空管の時代でしたが、ソウル・バーナード・マランツが興したアメリカの会社、マランツのプリアンプであるモ デル7と、それより少し後に出てペア を組んだモデル9のパワーアンプが当時のハイエンドとして有名です(元々のペアはモデル8)。大変人気があったの で、生産中止後も後のマランツ社や他のと ころからレプリカが出ました。オリジナルの方はモデル9がモノラル構成で二台必要ということもあり、全体だと今やか なりいい車が買えるほどの値段となって います(発売当初より高止まり傾向にあるとも言えます)。レプリカとは音が違うという話もありますが、回路は同じで あり(どのレプリカか分かりませんが NFB が違うという人もいます)、使用する真空管のメーカーや部品の銘柄の違いだろうと思います。古いものなのでオリジナ ルであったにしても部品は交換せざるを 得ないわけで、レプリカでも状態の良い同じ真空管を手に入れ、今はない素子については音色の良いもので慎重に代用す れば良い結果が出ることでしょう。

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  またちょっと横道に逸れますが、部品を取り替える際にオリジナルにこだわることについて触れます。それは当然のこと で、工業製品は恐らくカメラでも自動 車でも同じでしょうが、レストアするときは必ずオリジナルに戻します。ヴィンテージであれクラシックであれ骨董の世 界は歴史として見るからです。マランツ の最後のモデルと同じ年に出た流麗な名車、ジャガー・タイプE を例にとってみますと、後のモデルに引き継がれたブランド・アイデンティティである口髭のように尖ったリヤ・ランプ に丸い反射鏡が似合わないからといって 丸い部分を取り去った り、 バンパーの瘤もすっきりしないので特注で無くしたよ、という人はほとんどいないことでしょう。その方がオリジナルよ り美しいとしてもマルコム・セイヤーの デザインではなくなってしまうからです。エンジンの味付けを変える程度なら許されるかどうか分かりませんが、オー ナーならやってもいいでしょう。同じこと で、60年当時のスプラーグのコンデンサーなどはもしデッドストックのものが出て来たとしても当時のコンディション ではなくなっていると思うのです。良い 音で聞きたいのだから、今いい状態で手に入る最善のもので直すべきではないでしょうか。ただ、最善かどうかを見極め るには目が必要で、目を養うには経験が 要り ます。そこが難しいところで、もしソウル・マランツが単に当時の部品を使っていたのではなく、選んでいたとしたな ら、今同じ判断力で選ばねばなりません。 私の経験は比べ物にならないし出来もしないので偉そうに聞こえたら謝りますが、アンプではなく DAコンバータでコンデンサーを聞き比べてみたことがあります。欧米日の手に入るだけのものを買って(安いもので す)、同じ回路で試験的に設けたワイヤー の先に取り付けてやってみました。*5 すると必ずしも評判の良かった WIMA や ERO、EVOX-RIFA などが良いとは限らず、ポリプロピレン基材のものにはポリプロピレン独特の音があり、箔の材質にはその材質の音色が あって、そこにメーカーや型番による違 いが乗るという具合でした。スチロールやオイルペーパーなど古いタイプの方が良い場合が多いのは事実ですが、良くな いものは賑やかな色が加わって音楽がや かましくなったり、痩せ細ってギスギスしたりします。最初ぼけたように聞こえていても見晴らしが良くなる部品もあり ました。アンプという工業製品が天才作 の名機ともなると文化財なのかどうか分かりませんが、所詮誰かが作ったモノであって実用に供するのですから、そこま で祭り上げなくても部品の違いが分かる なら「再創造」すれば良いと思います。長々と余分なことを書いてしまいましたが、多くの方が厳格な原典主義でいらっ しゃるようなので、僭越ながらちょっと 付け加えさせていただきました。真空管アンプでどの部品が良いのかは私は分かりませんので、やはりスプラーグの古い のが一番なのかもしれません が。  

  マランツのヴィンテージ・モデルを上手く直せば評判通りの素晴らしい音色になるかもしれないという定番のお話でし た。反対にすごくいい音で鳴らしている という場面に出会うことは少ないだろうと思います。大変身近にあって聞いたことのあるモデルもレプリカでしたから、 出て来た当時の新品の音は伝説と妄想の 彼方です。あの素敵な顔と歴史の再現にこだわりがないなら、他の選択肢もあると思います。

  そのマランツ・サウンドについてですが、線が細くて神経質だと言う人はあるいはベスト・コンディションのものを聞い てないのかもしれません。いかにもマ ランツらしい音、というものを案外誰も想像できないように、バランス的には中庸で、評価の高さはその品位ある質の高 さに求められるような種類の音だと総評 して良いのかもしれません。当時は同時期のアメリカで両雄のように言われたマッキントッシュの骨太で野性味があると される音作りに対して、より繊細でリア ルだという評判でした。そのためもあってクラシック音楽目的でタンノイをはじめとするヨーロッパ製のスピーカーを鳴 らす人もおり、またホーン型のものでな くても素直な音色が期待できるかもしれ ません。プリの7だけを使ってパワーアンプはもう少し安いダイナコだとか、日本のラックスなどを組み合わせるケース もありました。いずれにせよこだわりの マニア向けです。

  使用真空管はモデル7が 12AX7×6、シ ドニー・スミス設計のモ デル9は EL34(6CA7)パ ラレル・プッシュプルで、 より出力の大きいウルトラリニア(UL)接続と 純粋な音になりやすい三極管接続が選べます。UL接続では70W、三極管接続だと40W出ました。オリジナルはフェイ ス・パネルがシャンペン・ゴールド、 レプリカはアルマイト・ホワイトになっていることが多いようです。

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                                                                  Marantz Model 8B Tube Power Amplifier 1961

 一方、パワーア ンプのモ デル9のすぐ後に出たのがモデル8B(1961)です。こちらはステレオです。モデル7のペアとして最初に出て来たモデ ル 8(1959)の改訂版であり、その違いは微妙で、トランスの構造が異なるという話や NFB が幾分深くなったおかげで洗練された音になり、反対にオリジナルの8の方がやや活気があったとする人もいますが、答えら れないのでどうぞ聞かないでくださ い。出会う機会も少ない8は犬も歩けば棒に当たるというものではありません。こういうアンプを手に入れようとされる方は すでにお調べになっていて詳しいは ずですから、本来はここでご紹介する意味もないのだろうと思います。NFB が増えたと聞くと否定的に感じる方もおられるでしょう。でも手 を加えたのはそれをオリジナルで設計したご本人です。パワーは8が30Wで、8B が35W。どちらもモデル9より小さく、UL 接続と三極管接続については切り替え式ではなく、内部の配線を変えるように指示されていたようです。タップをどこから引 き出すかの違いに過ぎません。使っ ている真空管は9と同じ EL34 です。前面パネルを備えた個性的なデザインの9に比べれば平凡な姿であり、パワーも少ないということでモデル7の相棒は 常に9の方であるかのように言われ ていますが、平凡といってもハンマートーン仕上げでトランスがケースに入っているその8のデザインはザ・真空管アンプと いう感じであり、その後の管球機の お手本となりました。9と比べての音についてもここでどうこう言えるものではありませんが、やわらかいながら大変繊細で 音楽的だったとされます。オリジナ ル・マランツの最後の音であり、結論とも言えます。   
 マランツ・モデ ル8、ス テレオだし人気度からも9よりは安く済み、出力が大きくなくても良くて音色の素直さだけに興味があるのであれば一番良い 選択かも しれません。8B はその後レプリカも出ましたので、ご興味のある方はご自身で確かめてみてください。有名税というのは別の言葉だとする と、プレミア(ム)というのでしょう か、有名なブランドだけにその分余計に財布が痛いということはあります。そうすると同じ EL34 を使って似た回路の現代の真空管 PP アンプと比べて実をとってどうなの、という話にもなることでしょう。それについては私は答えられないし、仮に答えられた としても誰かの気分を害することに もなりかねません。あるいは8の方が本当にすごく良いかもしれません。 マランツはプリアンプが傑作であり、逆にマッキントッシュはパワーアンプが良いと いう説だってあります。曇 らない目で見たいものです。ただ、何事も最初のものには敬意を払うべきだし、これはある種のオリジナル(原器)であっ て、正直なところちょっと欲しい気も して憧れる気持ちも分からなくありません。三結にしてちゃんとしたテレフンケンをおごってあげよう、とか。いっそ7を諦 めてラックスやダイナコのプリとか と組み合わせる手もあるでしょう。いやいや、ヴィトンやバーキンを欲しがるのと変わらない分野ですから逆は真ならず、そ ういう人はいないか。この後マラン ツは経営が難しくなって会社ごと他人の手に渡してしまい、全てが神話となってしまいます。  


4 リークのステレオ・アンプ
  リークのステレオ・モデルは Stereo 20, 50, 60 の三機種。因みにす べてプッシュプル (PP)で、20(1958/10W) の出力管は繊細で滑らかな EL84(6BQ5)、50(1958/ 25W)と 60(1963/30W) は共にマランツと同じ EL34(互換球として KT66 を推奨)の UL接続ですが、両者はトランスのスクリーン・グリッド接続タップ位置が違い、50 は 50%位置、60 は五極管接続側25%位置で、50 の方が出力は少ない分音色重視のようです。ボディ・カラーは時代順にシャンペン・ゴールド/ゴールド・ブロンズ/ダー ク・グレーと変化しました。Leak 社は1934にハロルド・ジョセフ・リークによって創立され、69年に他社に売却され、70年代に日本製などに押されて その名も消えて行ったイギリスのブ ランドです。

5  使われずに回路にぶら下がっている素子の音への影響
  DAコンバーターのページで触れましたが(CDA-94)、 素子の音を比較実験する際は素子につながる両側のワイヤーを伸ばしておいて、そこに実験したい抵抗なりコンデンサーなり をハンダでちょんと付けるようにし ます。これを無精して片側のワイヤーにテストしたいたくさんの素子の一端をまとめていっぺんにハンダづけし、反対側をワ ニ口クリップか何かで順に付け替え るようなことをしたらだめです。不思議なのですが、片端だけ接してもう一方はオープン(宙に浮いている状態)だと回路的 には切断されているはずが、なぜか 行き止まりになってぶら下がっているだけの素子の音色の影響を受けるのです。理由は分かりません。電子さんがぶら下がっ てるコンデンサーまで内緒で遊びに 行って、あ、通行止めだ、としょげて帰ってくるんでしょうか。同じ話で、使っていない回路(例えば計測用やディスプレイ 用、ヘッドフォン用など)へつなが るカプラー(コネクター)を外すだけで音質が変わるということも経験しました(Model 2)。 外さなくたってスイッチはオフになってるのです。魔法に違いありません。昔自分のオートバイに悪戯してプラグキャップを 抜いた友達がいたのですが、知らず に私がキックすると息をつきながらもエンジンがかかり、友達は悪魔でも見るような顔でぶったまげてました。圧縮の高いエ ンジンだったからかもしれません が、一卵性双生児の性格が違うことも含めて、世の中不思議なことに満ちています。こうなるとトーン・コントロール回路の ディフィート・スイッチなどは、入 り口と出口の両方を切断する 二連スイッチでなければならず、できれば要らないものは無くして回路はシンプルにした方がいいことになるでしょう。


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                    Mcintosh C22 Tube Control Amplifier 1963                                   Mcintosh MC240 Tube Power Amplifier 1960            

マッ キントッシュ
 そしてアメリカでもう一つブランド・ネーム轟くの がマッキ ントッシュです。フランク・マッキントッシュ、シドニー・コーダマン、ゴードン・ガウらによっ て営まれたこのブランド全体の傾向として低音が分厚く雄大であり、力があってやわらかい、もしくは艶が感じられる濃い音だな どと評されます。どのモデルに ついてなのか高域を輝かしいと表現する人もたまにいます。有名な剣豪小説家がタンノイとマッキントッシュに助太刀し、並み居 る敵を一刀両断、散り散りに してしまうという事件もあったようです。読ませていただきましたが、筆は刀です。褒められたものは何かすごいことになっ てきます。それでマッキントッシュ、例外的に日本ではタンノイとの組み合わせが流行ったとのことです。し かし本来マッキントッシュと言えばアメリカ製のホーン型のスピーカー *6 、振動板の軽いアルテックやエレクトロボイス、JBL のモニターなどと組み合わされてジャズ喫茶とかで存在感を放ってきたものであり(イギリス製のヴァイタボックス・コーナー・ ホーンという例もあります)、 そういう使い方でこそ本領発揮をする音作りと言えるかもしれません。同 じ生の楽器といっても、ジャズのサックスやトランペットといったホーン・セクションを一番に考えるなら、ピアノやウッドベー スに向いたのとは違った機器が 良い音の条件を満たすこともあります。ホーン楽器はやはり発音構造からホーン型のスピーカーの方が生々しく聞こえたりもする からで、向いたものというのは あるのです。   

 もっと言うならば、これは種明かしになるのかもし れません が、ホーンを好むのは弾(はじ)いたり叩いたりする楽器がパッと立ち上がるときのエネルギー感 の高い音を臨場感があるとして良い音の指標とする人たちのグループです。同じ弦楽器でもベース・プレイヤーが弾(はじ)いた 指の位置がきりっと浮き上がる モニター的な音と言いますか。弓で擦る弦楽器を聞いて、その倍音が重なるときの音色の正確さを基準にする人たちとは別の人種 だと言っていいでしょう。そし てこのホーン好みの人と昨今の高域が強調されたきらきらを好むグループとはかぶるところがあるながら、ホーン好きの一部の人 は輝かしいもの好みではないの でイコールではありません。くっきりとした表情を追求する側では、写真に写った背景の看板を読み取るときにコントラストを上 げると見やすいように、ともす ると強調された音との境目が曖昧になりがちだとは言えますが、ダイナミクスとトーンはどちらも音楽の要素として大事なことで すから、ジャズ派とクラシック 派、もしくは米国派と欧州派として片付けてしまうのはシンプル過ぎます。もちろん「リアルな原音再生」と「楽器のように作ら れた雰囲気のある音」というよ くある単純化された二分法でもありません(そ の際、高域強調をリアルな再生と言っている場合があります)。 そしてそういう観念論はそろそろ卒業してほしいと言ってもどの二分法もすべて観念なので仕方がないのです。しかし現実世界で はこれはひょっとすると永遠の パラ ドックスとするべきなのでしょうか、両者が出会って話しているとお互いに熱く語り合っても面白い具合にすれ違って行きます。 結局オーディオファイルは大き くこうした二つのカテゴリーに分けられるようで、人口としては前者が若干優勢か、あるいはお金をかけて真剣に追求するのはそ ちらのグループに属する人が多 い気もします。     

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                Mcintosh C26 SolidState Control Amplifier 1970                      Mcintosh MC2105 Solid State Power Amplifier 1967

 アンプの音色でもそれと同じ理屈ではないものの幾 分似た現 象があって、立ち上がりが良いというわけではありませんが、何かパッとした感じでブラスの輝きが出る癖を持っていたり、か らっと乾いた明るい音のようなも のもあります。 しかしそれで弦楽器を聞くとちょっと違うかもしれません。反対に伝統のホーン型スピーカーに粘りとやわらかさ、ダンピング・ ファクターの点でブーミーなほ どのボリューム感を加味するように配慮された色づけのアンプも存在しています。マッ キントッシュにはひょっとしてそういう一面があるでしょうか。そしてこの方面ではパワーのあるアンプこそが実体感 を感じさせるとしてこだわる方も多いようです。
 パワーが大きいと小さな音で聞いても余裕があると よく言わ れます。ホー ン派の意見かどうかはともか く、本 当で しょうか。確かにそう思えるもの もあるにせよ、ハ イパワー・アンプは高額な ので、半 分はセールストークだと思います。音色が素直である方が先決です。ちゃんとした音なら10W もあれば家庭で普通のスピーカーを鳴らすには十分でしょう。オーディオ好きとクルマ好きは重なるところがあるようなので今回 は自動車の例で続けようと思い ますが、現代の速くて高馬力の車や先ほどの6気筒のジャグよりも、そこまで有名にはならず、軽より細いタイヤに非力な原動機 ながら小型車の半分の重量でバ ランスの良い、例え ばルネ・ボネ・ジェットのような車の方がハンドルを切ったら楽しいかもしれません(実物は本当に小さいです。わざわざ輸入す る人いますものね)。アンプの ハイ・パワー化自体は AR などの能率の低いブックシェルフ・スピーカー(ホーン型ではありません)の台頭によってもたらされたという解釈もあります が、ホーン・ スピーカーはその後もなくならなかったのにアンプのパワーはどんどん大きく なりました。二 つの物事が同時に起きると き、それを原因と結果という時系列で理解しようとするのは我々の思考の癖であって、時期を同じくしたトランジスタの普及とい うことも考えられるし、ヨー ロッパではアメリカほどパワー重 視でなかっ たことから、アメリカ人の例のスーパーサイズ志向と同じ根の問題として理解することも可能です。

 パワーについては広い場所での使用も関係あるで しょう。 ホーン型のスピーカーは能率が高いものが多いので逆に高出力は要らないケースが多いですが、例えばアルテックの A5などは高域だけでなくウーファー側にもショート・ホーンが付けられてバスレフにされ、そのウーファーは紙の振動板の能率 の良いものであり、キャビネッ トはさほど厚くなくてよく響く米松合板で作られている結果、明るい音でメガホンのように明瞭に遠くへ音を飛ばします。これは 当時盛んになってきた劇場用に 作られたものなのです(実際の映画館はもっと大きいモデルが主流)。人 間という吸音材がある中で、ワイドレンジである必要はありません。電 話の音声でもそうですが、中域を主体とした聞き取りやすい音というものはありま す。ア メリカ の文化として映画とジャズとい うことはあったにしても、元々ジャズ用というよりはシアター用だった。楽 しかった映画館の雰囲気をわが家に、ということでしょうか。哀 しい住宅事情からラビット・ハッチに住んでメルセデスの S クラスに乗るのと同じで、日本ではこうしたスピーカーを四畳半で聞くマニアの笑い話もありました。それでも、家庭用のハイ ファイ・スピーカーではないと同 時に、それがジャズに合うというのも分からなくはありません。上手に鳴らすと音離れが良くて硬くもないきれいな音色も出るよ うです。JBL の方もご存知の通り、若くして自ら命を絶ったジム・B・ランシングはアルテックでユニットを開発していた人です。結局好きず きであって正しいも間違いもあ りません。た だ、自分の好 みがホーン系のものではなく、ジャズもピアノ・トリオの方が好きな質なので そんな記事も書かせてもらったぐらいであり(「ビ ル・エヴァンスとその他の人たち」)、そういう組み合わせだとアンプ単体の性質は比 べ難いところがあります。 もっと音を固めずに解 きほぐすような軽さのある高域でな いと倍音が分からないのです。レンジのさほど広くないホーンや フルレンジのスピーカー *7 で 真空管などを聞き分ける方もいらっしゃいますが、私には自信がありません。知り合 いにも「パンケーキ」などの16cm から20cm のフルレンジの名作を二重バッフルにした箱で次々取り替えて楽しんでる人がいて、素直な音で素敵な趣味なのですが、たまにこ れリアルだね、と言ってみると コアキシャルの2ウェイだったりしています。そしてマッキントッシュでコンデンサーやリボン型のスピーカー *8 を 駆動する人にも出会ったことがありません。

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                Mcintosh C29 Solid State Control Amplifier 1982                       Mcintosh MC2225 Solid State Power Amplifier 1982

 一番知られていて復刻版も作られた管球式プリアン プの名機 C22 と、ガラスのイルミネーション・パネルが評判になったトランジスタの最初の頃のモデル C26 を挙げましたが、特にコントロール・アンプなどはそれだけを喜んで聞く人もいるかもしれないけれども、やはりあの独特のデザ インに大きな魅力があります。 自然な音色のアンプというここでのテーマに沿って真空管式でなくなった時代の機種、あるいはプリ自体をご紹介すべきかどうか は分かりません。しかしゴードン・ガウが飛行機から見た夜景をヒントにしたという、黒い中に ブルー・グリーンの文字が浮かび上がるあの光景は、 ブルー・アイズと呼ばれたパワーアンプのメーターと相まって多 くの人々に抗しがたい引力を及ぼします。MC2105 はそのアイコン的なデザインを誇るプリの C26 と組になるトランジスタのパワーアンプで、見た通りの碧い目の麗人です。ソリッドステートなのにアウトプット・トランスを装 備し、当時と しては大きな出力を誇ったモデルでした。あるいは80年台に入った頃の C29(プリ)と MC2225(パワー)こそ多くの人がイメージするいわゆるマッキンらしい顔のアンプでしょうか。パワーの方こそ、それこそマッキンの音とされる太く押し出しの強いものだ としても、このプリは単独でマッキントッシュとしてはナチュラルなサウンドだとされ、単独でも好まれて来たものです。熱い ファンの方がいらっしゃる分野で 余分なことを言うといけませんが、これらマッキントッシュの数々のアンプたちは昔 からのオーディファイルにとっての最高のおもちゃと言ったら失礼なら、憧れの名品として常に所有欲を駆り立て続けて きたものであり、今でも高価買い取り最右翼となっているようです。

 C22 と組み合わされる管球機時代のパワーアンプの名作は MC275 でしょう。モノラル構成の方がいいという声もあるものの、最も有名なモデルです。これが一番ということならば、マッキントッ シュとはそういう音かもしれま せん。しかし KT88 を使って75Wを出すその 275 に対して、QUADUと同じ KT66 の系列である 6L6GC(音色は違うし、そのまま差し替えられるという意味ではありません)で40Wを発揮する MC240(もしくは MC40×2台)はより繊細さとやさしさを持っていると言われます。プリアンプに対してマッキントッシュのパワーアンプは多 くの人が褒めます。ブランド・ ネームだけのことはあるかもしれません。確かめてみてください。これらはシドニー・コーダマンの設計です。


6 ホーン型スピーカーの性質
 個人的な感覚ですが、ホーン型にはほとんどの場合、独特の音があるように感じます。 いわゆる ホーン鳴きというものならダンプ剤などでデッドニング(振動 させなくす ること)によって解決するものの、ホーン臭いという感覚は結構厄介です。単純な場合は口の周りを手で囲ったような響きに聞こえま す。これは反射によって周 波数特性に山谷ができるからです。そして以前はそれが仮に克服できていたとしても、常にエネルギーの高い濃密な音の塊が勢い良く 飛んで来るような不自然さ が感じられ、恐らくホーンのスロート部(根元)での圧縮の高さがそうさせているのであって、そこが問題だと考えていました。
 それは基本的には正しい理屈だと思いますが、必ずしも悪いものではなく、ある時良く 出来た ホーンではあまり気にならないことも体験しました。周波数凹凸 のできないスフェリカル・ホーンを使ったアバンギャルドというドイツのスピーカーの旗艦モデルをじっくり聞かせてもらいました が、ホーンの嫌な癖があまり 感じられなかったのです。その場では高い方の倍音に満足が行きませんでしたが、それは組み合わせるアンプの問題だったかと想像し ます。せっかく能率がある のだからパワー重視じゃなく繊細で素直な音色のにしたらどうかと思いますが、そういう考えの人はいないようです。それでもホーン 独特の音にエネルギーと勢 いがある点は良い方に働き、スケール感と躍動感に変換された感じがしました。大きなコンサートホール全体を震わせる四管編成オー ケストラのトゥッティでは 圧倒的な感じになるのではないかと思います。オルガンの大きな音も迫力があることでしょう。同じメガ規格のスピーカーで他の方式 と比べるとどうなるかは正 直想像の域を出ません。ドーム型だと B&W製でダリが描いたトサカ付きの黒い渦巻き貝のようなのがありましたが、メーカーから人が来る規模の代理店で「あれ 入れないの?」と言ってみ たら、「うちの経営で買えるわけないじゃん、帰って!」と一笑に付されてしまいました。リボン型であるインフィニティのフルサイ ズ IRS も実物は聞いたことがありません。それでもその生きたライヴな響きではひょっとしてホーン型に分があるのかもと思わせるものが あったのです。目の前で弾く 一挺のヴァイオリンの倍音や小さな部屋で聞く弦楽四重奏の再現なら静電型やリボン型の方が未だにいいと思ってます。自分は小編成 の器楽が好きなのでホーン は必要ないわけです。ただそれは負け惜しみに響くし、あれを欲しがる気持ちも分かります。問題は家以外で0が7つ付くものを買う 人もそうそう多くはないだ ろうということです。昔のゴトウや YL といったホーンの老舗も上手くやると素晴らしいそうながら、天井を突き破るようなのも音楽を楽しむだけにしては大袈裟です。それ 以外、良く出来たホーン型 には滅多に遭遇するものではないだろうし、ホーン特有の響きは気にならない人は気にならないのですが、あくまで個人的には癖に感 じて苦手です。
 元々コーン型とホーン型はスピーカーの形式としては古いものであり、真空管アンプ全 盛の時代 はそれが主流だったので、球マニアの人はどうしてもコーンの フルレンジかその上にホーンが乗ったようなスピーカーと組み合わせたがります。自分がより自然な音だと思って使っているシステム はドーム型だったりリボン 型だったりなので、ここで真空管アンプを取り上げてみても、王道を行く人からすれば逆にそんなのではアンプの真価を発揮し得ない と思えるものをリファレン スにしていることになります。

*7 フルレンンジ・スピーカーの性能
 フルレンジのスピーカーはユニット一つだけで全帯域を受け持つもので、口径 14〜16センチ ぐらいのものが低音も高音もバランス良く出るので向いていると 言われます。素直な音がするし、音源が一つだけということは定位が大変良いわけで、バッフル反射が起きない砲弾型のモニターもあ ります。でも高い方の音は 分割振動で出すのでどうしても無理があるわけです。学校の音楽室で JBL の38cm のフルレンジ・ユニットを使っていましたが、伝統工芸の檜組格子の素晴らしい箱ながら大きな音で聞かされるのは拷問でした。せめ てもう一つ高音用のドライ バーを追加したらと先生に言ってみても(それ用のスペースが箱に用意されてました)、予算か好みか聞き入れてもらえません。バッ クロード・ホーンのせいか ちょっとパラゴンに似たバランスの音で、メーカーが悪いというのではなくて、アルミのセンターキャップを付けたって38センチ一 発ではいかに JBL でも無理なのです。フルレンジというもの、たとえ10センチでも細かな倍音は苦手でしょう。
(補足説明)
 ただ、ここで話を終えるのはフェアじゃないかもしれません。上述のホーンといいこの フルレン ジといい、私の説明では励磁型を含めてウェスタンやアルテッ ク、クリプシュ・ホーンやローザーなどを熱愛する昔の球マニアの方たちのスピーカーの好みを否定しているかのように聞こえるかも しれませんが、そうではな いのです。本文ではちゃんと説明しなかったのですが、昔の軽い振動板で能率の高いスピーカーには、そういう種類でないと出ない音 もあったと思います。フル レンジや ホーンが盛んだったそんな時期のものは、f特の平坦さや高い音の自然さという評価スケールでは不十分でも、ダイナミック方向の時 間軸スケール、つまり音の 立ち上がりについてはかなり敏感であり、生き生きとした音の出方になるものがあると思います。立ち下がりも、かもしれませんが、 理論的には密閉箱の方が鳴 り止まりは速いとは思います。でも恐らく感覚的には立ち下がりも含めて軽々と表情を付けて響くとは言えるでしょう。それがいいの は分かるのです。時間的な 音色の変化幅というものは楽器の表情としては非常に大切なことです。ただし、そこでちょっと疑問に思うのは、それならば最近の CD プレーヤーの DAコンバーター IC の音はどうか、それも全滅じゃないのかということです。技術は日進月歩なので新しいチップもどんどん出てきており、今後変わるこ ともあると期待しますが、 DA コンバーターのページで述べました通り(ディ ジタルくさい音はどこから出てく る?)、昔ながらのマルチビット系ではオーバーサンプリ ング・ディジタルフィル ターの次数が4倍、8倍以上と高く なってきたものは、個々の音形は スムーズですが、綺麗に磨かれた密な音が一列の壁のように迫ってきます。過 度な NFB にも似たところがあるかもしれません。隙 間があって滑らかだけど上滑りで平面的になりやすい1ビット機はより有望ではなく、諸特性が最も良い今主流のΔΣ多ビット系も、 高域が強調されない数少な い用例であっても従前の高次ディジタル・フィルター機とどこか似た感じになりやすいようで、私が確認できた頃まででは良いものに は出会えませんでした (WN8741 はまだ好ましくない数例にしか当たっておらず、 ES9038 は現時点で未試聴です)。何 と言ったら良いのでしょう。例えるとするなら無理な整形を重ねて蝋人形のように表情がなくなったというか(特定の人にやさしくな い言動でしょうか)、スチ ル写真はいいけど動画は御法度という感じ。チューブ・エイジの名作、ハンサムなサンダーバードの人形劇みたいと言い直しましょ う。それなのにマニアの方々 は案外そのことは容認されている気がします。そこが良くて能率の低いブックシェルフの音がだめというのは分からないわけです。 LP を主に聞いていて CD はおまけのように考える結果神経質にならないだけかもしれませんが。

 それはともかく、公平に見るならスピーカーは大きく三つぐらいの時代に分けられ、高 能率ユ ニットの時代にあって後に後退したかに見えるのは表情の豊か さ、変化の自然さであり、それでもその頃の多くのシステムは残念ながら周波数特性は凸凹で瞬間的な音色は不正確、高い倍音の出方 は不自然だったというこ と。そして能率が下がってドーム・ツイーター中心のブックシェルフ型の時代になると f特は平坦になり、高域の再現もより自然になったけど反応は若干鈍感になった。それは高い能率を上からつぶして抑制平均化するこ とと引き換えに手に入れた フラットさと言えるかもしれません。ま るでレンズの解像度とコント ラスト特性が相反関係にあ るかのようです。そ して途中樹脂系コーンなどが出て来ながらその次 の世代は振動系にメタル材 料を多用するディジタル・エイジの現代です。よりはっきりくっきりさせたモニター調がもてはやされ、新しいDA コンバーター同様にガラスのような艶が綺麗でありながらも厚化粧で硬い響きであることはご存知の通りです。
 私はいくら元気良く鳴っても音の形が不自然だったり箱(バッフル)鳴きさせたりする 昔のは やっぱりだめだし、モニター的な現代の無表情も苦手という好み であり、 第二のブックシェルフ世代の樹脂コーンを高域だけリボンにしたようなもので聞きながら、第一世代のような音のウーファーでレンジ が下まで伸びていればより 良いかも、と時々考えたりしつつもきりがないのであきらめてる状態です。そして話が長くなりましたが、好みに正解はありません。 熱いファンの方とお付き合 いをすると、これを聞かずに語るなと言われる場合もあるかもしれません。聞いてみようとすると日本に何台かしか現存しないモデル で、何とか聞くとどうもピ ンと来ない、すると良いコンディションで聞いてないからだ、と言われる。結局分かる分からないの問題ではありませんから、そうい う場合は認めて差し上げる のが一番です。その人が大切に守っている世界だからです。どれも一理あって良いところがあるわけで、色々な違いを楽しむのは素敵 なことでしょう。

*8 リ ボン型の特徴
 リボン型のツイーターが付いていれば何でも良いというわけではもちろんありません。 静電型も 同じ傾向があるような気がしますが、設計の良いものでないと、あ るいはセッティングが上手くないとリボンというのはよくよくエネルギー感のない線の細い音になりがちです。逆に最善の場合、振動 板質量が最小である分、大 変リアルになります。



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        Dynaco Stereo-70 (ST-70) Tube Power Amplifier 1959                        Dynaco PAS3X Tube Control Amplifier 1966

 神話は要らないし、高いブランドもの信仰は持って ないの で、同じだけいい音のリーズナブルなものはないか というと、あります。例の「あります!」の彼女の方は気の毒なことにされてしまいましたが、ダイナコは出来が良いからといっ てメジャーに道を譲ることもな く、市場から消されてもしまわず、今も上記ビッグ2以上に良い状態で実物を手に入れられます。デイヴィッド・ハフラーが創立 したやはりアメリカのメーカー ですが、日本のラックスと同様キットも売っていたところで、マランツにも使われた定評あるアクロテック社製の名トランスを積 んでいてオーソドックスな設 計、求めやすい値段で良い音を実現していました。出力トランスというのは真空管アンプで音を決定する大事な部品なのです。な かでもエド・ローラン設計のパ ワーアンプ、ステレオ70 は大ヒット作で、一度会社が終わった後で新生ダイナコとして蘇りましたが、ちょっとデザインが違うだけで基本は同じまま出し たという名作です。出た当時の 旧モデルと対になったプリアンプは PAS2 ながら、その後の型である PAS3X とよく組み合わされました。新ダイナコではパワーの方はステレオ 70U、プリは PAS3Uとなり、特にプリは現代的でシンプルなデザインになっています。写真は黒いモデルですが、鏡面仕上げもありました(ステレオ 70Uも同 じ)。昔のデザインにこだわりがないなら新しいモデルだと中古でも中身が新しいですから、安くてそのまま使えます。海外では キットもまだ売ってるようで す。*9

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       Dynaco Stereo-70 II (ST-70 II) Tube Power Amplifier 1992                      Dynaco PAS3 II Tube Control Amplifier 1991

 ス テレオ 70 はやはりマランツ8と同じプッシュプルで EL34 (6CA7) から美しい音を引き出していました。ウルトラリニア接続で、チャンネル当たり35Wのパワーです。これは名前の通り ステレオなので二つ買う必要はありませ ん。シ リーズはその後2018年でしょうか、Vも出ました。出始めは半額セールの $1500 ほどでその分は売り切り、現在は通常価格なのでリップオフ(法外な値段)だという声もあるようですが、どうなんでしょうか。 創業者たちの手になるものでは なく、それまであちこちで売られていた改造基板同様にドライバー・ボードの回路設計を変更して EF86 と 12AU7 の四本構成に し(元々の RCA 7199 は入手が難しくなりつつあります)、部 品もフィルム・キャパシターに金属皮膜抵抗ということですから、音 色も多少硬質寄りに変わっているかと想像します。メーカーのサイトでも現代のダイ ナミクスに適応して a lot punchier (よりパンチの効いたもの)になっていると説明しています。1959年と現代とで音楽のダイナミクスに違いがあるかどうかは 分かりません が、それでも良いバランスを保っているという意見もあり、これは聞いてみないと何とも言えません。しかし仮にその前のモデル を入手したにしても、ラックス のように経年変化への心配も少なく、今でもメーカー製真空管アンプの良い選択肢ではないかと思います。Vからはパワーアンプ の入力にボリュームが付いたよ うです(付いてないモデルに付ける人もいます)。それならば(本 来の目的とは違いますが)プ リアンプを省こうという方もいらっしゃるでしょう。そうなると、よく議論された「プリかパッシブか」、という例の話 になってきます。*10

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                                                       Dynaco Stereo-70 V (ST-70 V) Tube Power Amplifier 2018


*9 現 在手に入るダイナコ ST-70 のキット
 といっても昔のキットの在庫品ではな く、 シャーシなどはオリジナルのニッケルメッキをかけたスチール製ではなくてステンレス製、トランスは同じ構造のも のを新しく作り直した US 製だったりします。細かな素子類も今風にアレンジされています。メタルフィルム系抵抗類とオレンジ・ドロップの 0.1μF カップリング・コンデンサー(どうなんでしょう?)が使われていますが、組み付ける前ならその辺は変更可能です。オリジナル はソリッド・カーボン抵抗に Cornell Dubilier の PKM ブラック・キャットでした。ただし一番の違いはドライバー・ボード(正面中央手前に見えている基板)です。実はこれは VTA という独 自の改 造基板を早くから出していたところが販売しているフル・キットであり、したがって真空管も二本の 7199 から三本の 12AU7 になるなど、回路自体にも手が加わっています。各チャンネルごとに共通のバイアス・コントロールだったものを全部別にしてお 金をかけたと設計者は言ってお り、音色は違うかもしれません。ドライバー・ボードについてはオリジナルも含めて単体で他にも色々なところから様々な種類が 売られています。eBay を覗いてみるのもいいでしょう。回し者ではありませんがこのキットを売っているのは三十年来やっているマサチューセッツの ディーラーで(Bob Latino / Tubes4hifi)、 チューブなしで $800 を切る価格で海外発送にも対応しているようなので、一つの選択肢ではあるかと思います。出力管を 6550 に替えて 60W×2にした ST-120 や配線済みのオプションもあるようです。
 有名なので先に Bob Latino の方を取り上げましたが、オリジナルの 7199 回路デザインを選べる Dynakit 製の ものもあります(入 手難の 7199 をアダプターで 6GH8A に換えたものも選べます)。その基板用に付いて来る部品は Bob Latino 製と同様に現代的なものですが、それも自分で変更はできるので、オリジナルが欲しい人にはそちらの方が良いと思いま す。Dynakit といっても元 々のダイナコの事業とは別です。しかしここも80年代からやっているところで、他にも MarkV、MarkW、ST-35 のキットも出しています。も ちろん ST-70 に関してはドライバー・ボードを色々入れ替えて遊ぶならどこのキットでも良いわけで、シャーシ材料などで気に入った ものにすればよいと思います(磁 性材の鉄は電磁波のシールドになる一方で、トランスなど磁界を発す るものに対しては音色に影響を与える場合があります)。 この他にも Bob Latino と同じ三本チューブ構成の基板を持つ Triode USA のキットもあり、こうしていくつものコンプリート・キットが出されていることで分かる通り、日本ではさほど有名でないにして も、ダイナコのステレオ 70 はそれだけ人気のあった(今もある)伝説のアンプなのです。

10 プリア ンプかパッシブ・アッテネーターか
 また余談です。さて皆さんはどんなソースで音楽を聞かれているのでしょう。FM でしょうか。お役人様が自由を怖れて局の認可を出さないからか人々の多様性がないせいか、国際放送ですらコンテンツは横並びです から、小さな専門チャンネ ルが林立するアメリカが羨ましいと思う方もいらっしゃるでしょう。思い切って買った美しい CT-7000 も埃を被ってます。一方で市販の記録媒体となると、音色の自然さという意味では依然として LPレコードに軍配が上がります。80年代の製品から最新のものまで、ほとんどの CD プレーヤーは BL91、FR64、MC20 などを組み合わせて当時私が使ってたアナログの中級機(トーレンスや LP12/SMT、ガラードや EMT とかではありません)に負けると思います。レコードもある種作られた音なのかもしれませんが、CD プレーヤーはアンプよりよほど音が不自然になりやすい機械なのです。それで DAコンバーターをいじって何とか同じぐらいのレベルにまでした(HDA-001) わけ で、オーディオファイルが CD を軽んじるのは分かります。でもLP にこだわるということは新しく出て来た若い演奏家は聞かないという ことであり、音楽が第一なら音源の豊富さでどうしても CD になります。その CD が主流になってきた頃、出力が十分あるから、もうプリアンプは要らないんじゃないかという話になりました。そこでパッシブ型(ア ンプの増幅部がない)の アッテネーターで音量を絞るという手法が登場してきて、今でもプリアンプ(コントロール・アンプ)が要るのかアッテネーターだけ の方がいいのか、という決 着のつかない対立になっています。オーディオファイルの多くは LP派でしょうからプリ必要論に傾きます。アンプ製作者もです。一方で余分な増幅回路を通らないのでアッテネーターだけ(入力セ レクターは付いています) の方が音がいいという人も経験から言っているのだからと引き下がりません。彼らの論点として、トーン・コントロール回路のバイパ ス(ジャンプ)スイッチが あるように、音質を良くするためにバッファアンプのジャンプ・スイッチが付いてるプリメイン・アンプもあったぐらいで、それは パッシブ・アッテネーターを 使っているのと同じことになると言います(ケーブル長の問題は除いて)。この話に行司はいないのでしょうか。

 プリ必要論の論点は大きく三つ、「ロー出しハイ受け」、抵抗分による音の劣化、音痩 せ、で す。一つ目と二つ目は実は同じ話です。三番目のパッシブ・アッ テネーターは音痩せするという話は、ケーブルが長いせいなら短くすれば済むから除外だし、プリアンプで音色の調整がされているか らというならアンプの性格 の問題なのでこれも除外でしょう。ただ、プリアンプでうまく整えられた音の方が心地良い場合はもちろんあると思います。名機とい うのもそこから来るから で、それならば愛用すればいいのです。なにしろオーディオの顔ですから。

「ロー出しハイ受け」とは何でしょうか。プリアンプやアッテネーターの出口のインピー ダンス (交流抵抗分)は低くして、パワーアンプの入り口のインピーダ ンスはそれよりも少なくとも10倍は高くしないと音が悪くなる、ということです。理屈は置いておいてひとまず定理と考えましょ う。パッシブ・アッテネー ターの出口はだいたい2.5KΩぐらいでしょうか。10倍ならアンプの入口のインピーダンスは25KΩはなければなりません。こ れを下回るのは一部のトラ ンジスタ・アンプです。そういうことがあるから真空管プリとトランジスタのパワーアンプの組み合わせで問題が出るケースもあるそ うですが、クリアできれば 一安心。一方で真空管アンプの入力インピーダンスは50KΩ以上はあるので全然問題ありません。ただしプリアンプの出力インピー ダンスはパッシブ・アッテ ネーターより低くて1KΩ以下が多く、プリの方が余裕があるので比べればノイズ面でも有利ではあります。

 パワーアンプの入り口に付いているボリュームとパッシブ・アッテネーターは、可変抵 抗器自体 の品質を除けば箱の外に付いているか中に付いているかの違い であり、意味は同じです。でもパワーアンプの手前に付く可変抵抗器でインピーダンス上昇があるのでプリ擁護派は嫌うようです。パ ワーアンプ付属のボリュー ムにしても、何時の位置で聞くと良い値になるか、などということが言われます。一方でプリアンプがある場合は、その中にも可変抵 抗器が付いているのは同じ なのですが、その後ろにバッファアンプの回路があって(前にもあります)インピーダンスを下げているのです。抵抗器を通るときの 音の劣化は同じでも、イン ピーダンスの低さではパッシブ・アッテネーターより有利ということになります。しかしパッシブでも少なくとも10倍とか20倍と か稼げているのなら、これ は程度問題です:

 結局バッファアンプ部の複雑な回路を通ることで音が劣化する度合いと(プリアン プ)、イン ピーダンスの出しと受けの比率で劣化する度合い(パッシブ・アッテネーター)とでどちらが深刻か、という話になります。和解は望 めません。

 ハイエンド、中を開けたら、がらんどう。詠み人サワーグレープ、ということで高級プ リに続い て高級パッシブ・アッテネーターも開けてみると小さな抵抗と セレクターが隅の方に身を寄せてることがあったそうですが、大抵のものは贅沢な造りになってます。パッシブ派の最終兵器はトラン ス式アッテネーターでしょ う。可変抵抗器と違ってインピーダンス上昇がありません。プリアンプと同じ程度に「ロー出しハイ受け」が可能なのです。問題は抵 抗なら音をぼけさせること はあっても変な色は付きにくいのに、トランスは一般的にコアから来る音の色づけがあるという点です。それに対処するために歪の少 ないスーパー・パーマロイ やファインメットのコア材を使った弩級の製品もあるようです。
 一方でインピーダンスの問題をさほど深刻に考えないのであれば、固定抵抗器をロータ リー・ス イッチで切り替えるようにした抵抗型のパッシブ・アッテネー ターもあります。それ専用の有名な抵抗で音が良くないのもあるとは思いますが、デールの無誘導巻線だって選べるし(スピーカーで は良くても DAコンバーターで音がきつくなる場合もありました)、カーボン皮膜、ソリッド・カーボン系、何でもあり得ます。むき出しの接点 がまずいという考えがある 一方で金メッキのすごいのをおごる場合もあるようです。そしてそんな白熱の只中で、パーマロイだろうがたとえメタルクラッドだろ うが関係ない、単純なカー ボン摺動の普通のボリュームが一番だ、やってみれば分かるという人もいます。



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                             Quad II Tube Power Amplifier 1953                                         Quad 22 Tube Control Amplifier 1959


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                          Quad 303 Solid State Power Amplifier 1967                            Quad 33 Solid State Control Amplifier 1967


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                                                      Quad 34 1982 (bottom, middle) / 44 1979 (top) Control Amplifiers

クォード
 次はイギリスのステレオ初期からの名機、クォード です。モ ノラル時代に 会社を設立したピーター・ウォーカーの設計になる真空管アンプの傑作、QUADU(2) は管球機全体というよりも、すべてのオーディオ・アンプの頂点に立つ存在だと言ってもいいぐらいでしょう。大袈裟に聞こえる かもしれませんが、その音は決 して古さを感じさせず、ディテールが甘いとかナローレンジだなどということは一切なく、繊細にして音色が正確であり、その後 のトランジスタ・モデルの名作 である 303 よりも優れている完成された機械です。まあ、リークが洩れたじゃ洒落にもなりませんが、同時期英国の Leak を比べて聞いたことがないと冒頭で白状した私が言ったのでは説得力がないですね。ステレオ50を聞かせてもらったにしても、 他人のフルレンジでは分からな いのです。

 ついでと言っては何ですが、そのリークについては 特別に入 手した写真だけでも下 に載せておこ うかと思います。QUAD Uと同じく KT66 のプッシュプルである TL/12 "Point One" です。QUAD Uの五年前に出ていたもので、バランス入力に改造された専用モデルも BBC に納入されています。三極管接続で12W出力のモノラル構成。電 源部とカップリングにオイルペーパー・コンデンサーを使用しています。いい音がしそうです。派生型に TL25 と 25 Plus がありましたが、そちらはより大きな出力トランスとウルトラリニア接続によってもっとパワーを稼ぐモデルでした。音を聞くど ころか現物を見たこともありま せんが、当時は KT66 を使ったこうした構成のアンプが色々とあっ たのです。ウェスタンでは 350B の 124 とかに当たるのでしょう、英 RCAでも LMI-32216 (A) というのが存在しました。リークと同一の12W出力で、同じ三結構成かと思って回路図を見るとスクリーン・グリッドはウルト ラリニアのタップ位置と同時に コンデンサーを介してプレート側にもつながっています。ほとんど同じ回路だとする説もあるもののそれぞれに工夫があるようで す。学習の賜物とは言え、スコ アを見ただけで音が聞こえるように、スキーマティックを見て音色の想像ができる人は大したものです。最 初に QUADUをすべてのアンプの頂点と言ったのですが、全部を聞いてみないとそういう物言いもやはり 説得力に欠けるでしょうか。残っている物自体が少ないこ とに加え、英語では「失われつつあるブリック・アンド・モルタル(煉瓦と漆喰)」と表現する実店舗 が減る現象もあって、いずれにせよ現代では難しい比較に なってしまいます。

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                                                                 Leak TL/12 ("Point One") Tube Power Amplifier 1948

 話を戻して QUAD Uですが、 カソード帰還(オー ルオーバーではなく損 失と音色の変化が少ない NFB で、このアンプのキー・コンセプトの一つ)を用い、特徴的な巻き方のトランスと独自の設計による位相反転の回路ということな がら、技術的なことは詳しい人 に聞いてください。かなりのマニアでも上手くは説明できないみたいです。特 に位相反転部のそ の不思議な設計はテキスト通りには割り切れないものらしく、狙いがよく分からないけれども結果的に良い音になっているものの ようです。大論争があって、有 名なアンプ作家も解明できずに敗退したのだとか。動作的にはほぼ A級で、リークとは違って三極管接続ではなくビーム接続です。そしてシンプルゆえに繊細な音になる可能性があるのは基本三極 管シングルだとして、このアン プはすでに述べたように多極管(ビーム管)の KT66 のプッシュプ ルで15W出力です。しかしこの球は大変細やかな音が出せる素晴らしいもので、多 極管で一番良いのは何かという論議となるとマニアの間でも意見が割れて賑やかなこ とになるようですが、一番と言っても良いかもしれません。完全な状態でこのパワーアンプがあれば他は要らないぐらいでしょ う。

 問題はその完全な状態が難しいということです。何 しろ古い ものですから、いい出物があったとしても中のパーツは寿命が来ています。下手な交換をされてい ると元の音が出ません。抵抗一つとっても今の全然違う種類のものを使うとバランスが変わってしまうようです。外見からはイギ リスのミリタリーものによく似 た姿のカーボン・コンポジット型 *11 が使われていますが、このタイプは概ね似た傾向の音ではあるので上手に探せば良いものがあるでしょう。逆にカーボン皮膜では なく、このコンポジットと呼ば れるソ リッドカー ボン抵抗だったがゆえに経年変化が大きかったということも言えます。コンデンサーは大きな問題ですが、電源部 のをブラックゲート化したお店があって素晴らしい結果が出たようです。そこでよく鳴らしていたのが改造後のものだろうと思う ので私も聞いてはいるはずで すが、オリジナルと同時比較したわけではなく、スピーカーも自分のと違うので正確なことは言えません。大変良い音でした。た だブラックゲートは基本今は 手に入りません。他にもオリジナルの状態(中の部品は分かりません)や、キット・メーカーがオリジナルのトランスをばらして 同じ巻き方のものを発注したと いうレ プリカも 聞かせてもらいましたが、どれも高水準でした。

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                                                     RCA Great Britain LMI-32216 (A) Tube Power Amplifier 1955 (1957)

 ただ、こういう古い名機はどなたかが亡くなられる と市場に 出回る希少品です。オーディオは車ほどエモーション入らないので大事に使えば大丈夫ではあるで しょう。1920年のマレリー社の扇風機を買ったら立ちのぼる湯気の向こうに前線基地の窓から飛び込んで来た弾に当たる将校 が浮かんだり、水牛の骨で出来 たチベットの数珠を手に入れたら道ならぬ恋に身を焦がして亡くなる高僧が見えたり、楽焼三代の古い写し茶碗を入手したら出征 前夜にそれで飲んで戻らなかっ た兵 士が感じられたりはしないでしょう。ただ、問題はかなりくたびれてても高価だということです(モノラル構成なので二台必要で す)。前述のように部品交換を どうするかということと、自分でやらないならおかしな部品を付けない信頼できるショップを探さなくてはいけないという難関が あります。それが嫌なら後の QUAD 社自体からリメイクされたモデルもあり、二種類あるうち中国の技術者に設計させた KT88 を使った方は別物と考えても、「クラシック」と名乗る KT66 モデルもいいでしょう。内部を見るとカップリング・コンデンサー、抵抗類ともに現代的なものになっているようです。回路は同 じですからマランツのレプリカ と同様、オリジナルの音が良ければ交換することもできます。手に入るソリッド・カーボン抵抗と今のビタミンQ オイルペーパー・コンデンサーぐらいで十分かと思います。でも部品交換が面倒だからということでレプリカの話をしてたのでし た。組になるプリアンプの方 (QC24)は伝統に則って現代風にリデザインされた姿が美しいですが、こちらはオリジナルの回路ではないようです。ただこ れらはどちらもなかなかの高額 商品である上に販売はもう終了しています。ド イツでトランスなどは元の QUADUのをきれいに再生し、ケースは再塗装して半分新しく作り直しているところもあります。それだと(ほぼ)新品の状態 (海外サイトでは mint condition と言います)で手に入りますが、やはり安いものではありません。現在の価格は JJ製 KT66 付きペアで €3,890、日本円で50万弱であり、やはり金属皮膜抵抗にフィルム・タイプのカップリング・コンデンサを使用しているよ うです(QUAD Musikwiedergabe GmbH/ネームプレートに REFURBISHED by: 前記の名前 - Germany が入ります)。案 外日本製のレプリカ・キットを買ってパーツを交換するのもいいかもしれません。やれやれ、また改造を勧めようとして るみたいです。

 パワーアンプについてばかり言いましたが、 QUADUと組 になるプリは 22 です。レプリカを除いて通常はここからコントロールされるようになっていて、パワーアンプだけで鳴らすなら細工が必要になり ます。たいてい組で売られてい ると思います。
  
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                       QuadUClassic Tube Power Amplifier 2010                                   Quad QC-24 Tube Control Amplifier 2010

  QUADUの次の世代はトランジスタになった QUAD303(パワーアンプ)と 33(コントロール・アンプ)です。これも60年代なので古いと思われるかもしれ ませんが、音色の素直さという点で今でも通用するどころか、真剣に選択肢 に加えるべき機種だと思います。QUAD U同様ブラックゲート・コンデンサーに換えると一段とリアリティ が増すとのことですが、やはり自分のシステムでは聞いてないし、 コンデンサー自体が入手困 難 なのでコメントは控えます。後述する私の愛用機である90年代の ミュージカル・フィデリティと比べても音色で多少の違いはあるも のの互角な鳴り方をする傑 作です。愛らしいプリのデザインが何とも言えません。

  その後のクォー ドは 色々モデル展開しましたが、どういうわけか若干色付けがあるようです。それが良い方もおられると思 いますし、批判目的ではないので取り上げません。しかし 上に写真を乗せたプリアンプたち、44 と 34 はなんともチャーミングな形です。トーン回路とバッファ・アンプ部をバイパスするスイッチを付けて 簡易のパッシブ・ アッテネーター+セレクターとして使いたいぐらいです。アメリカのハイエンドのものとは違った落ち 着いた粋なデザインであり、アルミ顔でもないし小ぶり で、これぐらい大袈裟でないものがいいです。寝室にも向いて るかもしれません。一番下のグレーのが新しい方で、ベージュ茶色系でスイッチが派手なのが旧型で す。個人的には色があった方がいいので 34 の旧型が好きですが、スイッチが 22 や 33 のように白でなくなったのは白の樹脂が黄ばむからでしょうか。カチッと動かす機械式スイッチからリ レー型のタッチ式ボタンに なったのは現代的で、構造としてはどうなのかなとは思います。


*11 Quad Uのオリジナル部品
  抵抗については正確には、EF86 の横にまとまって付いているものは R2〜R9 がイギリスの昔のメーカー Erie Resistor corp. 製の タイプ 8、R10 と 11 がタイプ 109 のソリッド・カーボン型のものですが、今は手に入らないので同じソリッド・カーボンの入手可のものを使うということ になるでしょう。銘柄を選べれば より良いかもしれませんが、現行のものでも同じ種類なら大きく音色が変わるということはないと思います。現在修理さ れているものの多くや新型のクラシック などは金属皮膜抵抗のようです。
  カップリング・コンデンサーは音色の観点で重要ですが、KT66 の横に付いているオリジナルの C2 と C3 は Hunts 製 L45 B406 0.1μF のオイルペーパー・コンデンサーで 350V DC/200V AC, 70°C のものです。EF86 をつなぐもっと小さな C1(その二つの真空管のすぐ隣) は Hunts A300 の同じ 0.1μF 150V で、新型のクラシックでは C2/C3 と同じものが使われています。そのクラシックはフィルム・コンデンサーにしており、現代では ASC(WIMA のポリプロピレンと ASC にはそれぞれあのかっちりさと細身の音が好きな方が一定数いらっしゃるようです)などを使う例もあるようですが、 フィルム系にすると音色は大きく変わって くると思います。何を選ぶかは悩むところだとしても、少なくともオイルペーパー・タイプなら悪いことにはならないと 思います。色々試してみると良いのでは ないでしょうか。  
  電源部の平滑コンデンサーもオリジナルのパーツを今買うというわけには行きません。オリジナルは四角い箱に大きなア ルミ色をした C6 とより小さくて濃いグレーの C4 が一緒に収められており、両方とも 16μF の電解です。これをブラックゲートにした例があるとお話したものの現在は入手できませんので、オーディオ用は使わ ず、音色の素直なスタンダードの電解にし ておくと良いと思います。レプリカのクラシックでは RS pro 製のものが使われています。そのモデルをいじるならそのままでも良いかもしれません。QuadUのこの部分の交換用 としてセット売りされている商品もあり ます。C5 も 25μF の電解コンデンサーで、R12 と抱き合わせになっています(GZ32 整流管の横に並列に付いています)。抵抗の方は 180Ω3W ですが、ここは 5W 以上の定格のものにした方が良いかもしれません。
「そ こは音に影響しない」などと特定のパーツ(主に抵抗など)について言う人があります。信号伝達経路を見てそんなこ とを言うのでしょうが、全ての部品は音色に影響します。
                                              


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                           GAS Ampzilla Power Amplifier 1976                                             Krell KSA-100 Power Amplifier 1980


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                                                                           Threshold 400A Power Amplifier 1976

GAS・クレル・スレッショルド
  トランジスタ時代も70年代後半ぐらいになって出て来たアメリカのハイエンドものの中からの、ナ チュラルな音のアンプたちです。物量方向で中身はシンプ ル、 パワーがあって、保護回路なんて音が悪くなるから要らないんだというのがアメリカのマンリーなやつ らということで、スピーカーを飛ばすという噂もしきりで した。どうしてもマッチョ・パワーでデカくしてしまうことについては、彼の国の風土として了解でき ます。機関車から冷蔵庫まで昔からメガトンクラスだし、 公園のリスまでプロテイン飲んでるかというほど立派です。エンジンを加工してもらおうと専門メカ ニックの工作所に行ったことがありますが、組み付けは自分 でやるから庭先と工具を貸してくれと言うと親父さんが面白がり、ついでにこれもやるか、と往時のア メリカンV8の鋳鉄製シリンダー・ブロックを触らせてく れました。その凄まじいこと、足の上に落としたらリュリのように昇天しそうでした。肉抜きなどせず 細かい事を言わずにズドンと作ったストレートさ。重くて 持ち上げられないアンプを彷彿とさせます。この国には巨大化の魔法がかかってるとしか思えません。 そのアンプはと言えば内部配線だって最短直結で、優雅に アールを付けてほう縛するクォードなどのイギリスものとは哲学が違います。全部ひっくるめてそうい う流儀がアメリカ、そんな感覚になっても不思議はないで しょう。しかし旅客機では粋な形ながらアルミの風船のようだったイギリス製が破裂してしまい、賢く 設計されたボーイングなど US勢が主流となった流れもあって我々も恩恵に浴してきたわけです。異端者の文学はもちろん、ハリ ウッド映画の心理描写だって最近のはハイブロウなのもあ ります。そしてアンプでも力ばかりでなく繊細さを持ち合わせた純粋な発想の名機もありました。 

  ガスのアンプジラはゴジラを思わせるそのユーモラスな名前(実際その後 Godzilla というモデルも登場)と見てくれから覚えている人も多いと思います。日本ではなぜか当時もてはやさ れた高級プリと合わせて JBL の 4343 などを鳴らすのが評論家の方々発の風潮 *12 で した。スタジオ・モ ニター 13 といえども家庭で聞くならかなり大きな部屋で映画館のようにパッとした音が欲しい人向きなので不思 議に思ってました。しかしこのアンプ自体は素直で繊細、 力もあって温かみもあるということで単 体で評 価する人も多かったのです。組になるプリアンプはテドラで、両者ともに面白い名前であり、デザイン とロゴも独特です。強そうなのが好きなのか、メーカー名 もグレート・アメリカン・サウンドの略だし、創業者は後に「相撲」というブランドも作りました。そ のカリフォルニアの GAS はマランツやダイナコで設計をしていたジェームズ・ボンジョルノが立ち上げた会社で、パワーアンプ のアンプジラは初代のアンプにして全段 DC プッシュプル構成、入力からドライバー段までが A級動作、出力段が B級動作という200W。こういう男らしさが人気の理由かもしれないながら、野蛮なタイプではあり ません。昔のゴジラの撮影では踏み潰される人がアー、と 固まったまま待ってるんだとビリー・クリスタルが茶化してましたが(Forget Paris)、魅力的なアンプジラに本当に踏み潰されたがってた人もいたかもしれません。

 イ エール大がある屈指のお金持ち州、コネチカットのクレルはその後の高級路線で有名になりました。 KSA-100 はスレッショルドで学んだダン・ダゴスティーノが作った最初のモデルで A級動作100Wのパワーアンプです。知ってる人にとっては、いくらリボン好きでも容易に近づけな いアポジーにつないで札束をまき散らすというイメージか もしれません。ハイエンド趣味の人たちが目の色を変えて囁きます。左右独立のトロイダル・トランス に巨大なスプラーグの平滑コンデンサー、低 NFB 設計で低いインピーダンスのスピーカーでも駆動でき、重量は35kg。トランジスタはまとめて冷却 ファンの下に置かれ、温度管理されています。抵抗類は薄 茶色い Dale の RN/CMF 系メタルフィルムにほぼ統一されてる感があります。リアルだけど自然な音が有名で、初 期のスレッショルドとも比較できるものでしょう。半 分のパワーの KSA-50(初期のモデルには EI コア・トランスのものもあるようですが、それが悪いわけでもないと思います)でも中古価格は30万 前後、100 の方は40万ほどで取引されているようです。
  ご存知とは思いますが A級というのは、簡単に言えばいつも電流を流しっぱなしにしている音の良いアンプということになり ます。ソリッドステートで一般的に使われる B級(オーディオ用真空管アンプではほとんど使われません)に対して効率は悪く、音にならなかった 分の電流で盛大に熱が発生します。でも自然な音のアンプ にはこのクラスA 動作のものが多いのです。もちろん A級アンプなら何でも自然な音がするとは限りません。使ったことのある国産アンプの中にスイッチで 切り替えができるものがありましたが、元々の音作りに問 題があったので A級に切り替えてもパワーダウンするだけで、薄く華やかな音色の傾向は変わらないという製品もあり ました。シンプルで美しいデザインだったので今でも別の 部 屋にとってありますが。それともう一点、A級動作だとゼロクロス歪(クロスオーバー歪とも言いま す)の面で有利であるという点から(それは事実です)、A 級アンプとシングルアンプを混同して説明する例も見かけます。確かに紛らわしいですが、この二つは 別の概念であり、クラスA でシングルという場合がある一方、A級でプッシュプルアンプというのもまた普通に存在しています。 むしろトランジスタ・アンプではそちらが標準です。真空 管式とは違い、通常は PNP と NPN という別の種類のトランジスタを二つを組み合わせています。そのマッチングがどうこうという話があ るぐらいです。この点については最後の用語辞典のところ でまた述べます。
 KSA- 100 は妥 協なしに真面目に作られたアン プですが、クレルはその後方向性が変わったという声もあります。

 GAS と同じカリフォルニアのスレッショルドはネルソン・パスの設計によるもので、最初の作品である 800A、400A に始まってその一年後に出た 4000 ぐらいまでの初期70年代のモデルについては最も自然な音のするアメリカのアンプだと言えるでしょ う。人気の点ではクレルほどではないのか、中古価格はそ れよりも安い傾向にありますが、これら三台は希代の名機ともされます。アメリカのホーン型スピーカ を鳴らすことにこだわる必要もなく、QUAD や パイオニアの M4、ミュージカル・フィデリティなどの音楽系アンプを好む人にも受け入れられ、しかも大変リアルな音が期待できます。400A はやはり A級アンプで、出力は100W(800A と 4000 は200W)。ダイナミック・バイアス・サーキットという特許を取った方式によってバイアス電流を コントロールしているようで、発熱はぐっと低く抑えられ ています。中を覗くと KOA の SPR Kiwame と Dale の巻線/メタルフィルム抵抗が目立ち、他にも選 抜されているのか小 型のメタル/カーボンフィルム系が色々な銘柄で使われており、Western Transformers と書かれた巨大なトランスに平滑コンデンサーも大きな青いスプラーグ製が二本屹立しています。トラ ンジスタは自然冷却で両側の厚いアルミ板に分かれて取り 付けられています。全体は無骨な配線で、 QUAD などとは違ったアメリカらしい景色です。クレルと同様やはり重たいものであり、4000 に至っては38kg ほどあります。ただ、これはすごく良いのだけれども、4000 のことだったか、長く使っているとパワー・トランジスタが飛ぶという話も聞きました。個体によるの かもしれないし理由はよく分かりませんが、何回も取り替 えた人もいるようです。


*12 評論家の好みと影響力
  当時有名だった評論家のお一人で、ライカよりツァイスだったか、解像感のある写真が好きだという方がおられたのです が、イギリスのスピーカーに HF1300 というツイーターを使った同じような構成のモデルが各社色々あった中で、最もハイ上がりのバランスに聞こえるスペン ドール BC2 を高く評価されていました。灰紫のサランネットとチークの箱が魅力的なモデルだったものの、私は「わざわざまたどう して?」という思いでした。線が細くな るので組み合わせが難しかったからです。唯一 LS5/8 についてはほぼ同感でしたが、当時彗星のごとく登場してきて高額で人々を驚かせたそのハイエンドの草分け的プリを好 まれたのも同じ趣味からだったのだと想 像します。悪口などを言うつもりは毛頭ないのです。実はその文に表れるお人柄が好きで、雑誌の熱心な読み手ではな かったけれども誌面を通じて教わったこと も多いです。もう一人の911がご趣味でパイプがトレードマークだった方は私が好んでいるインフィニティの元々の EMIT ツイーターの音がお好きでないらしく、初期が良くてヌデール氏が去った後のカーボン・コーン時代以降は別物だと感じ る自分の好みとは逆のことをおっしゃい ます。なのでこの点についてももっと輝かしく隈取りが強い方が良いのだろうと勝手に解釈していました。こうしてお名 前を伏せて反論するみたいな格好になる と却っていやらしい感じもしますが、好みというものは色々あって、本当に人それぞれなのです。もうご両名とも亡くな られてしまいましたが、あと何人かとと もに日本のオーディオ界を牽引してこられた功労者でした。そしてこのお二人が揃ってブルーバッフルなどの JBL のモニター・シリーズを一番のように扱っておられた時期があり、音色の好みの点で日本独自の潮流を生み出していたと 言える気がします。懐かしいとともに今 や時代は大きく変わってきました。現代でも開発者の持ち込んだ試作品を評論家がその場で的確に評してくれることもあ るらしい一方で、そういう人は普段どん な評論をしているのでしょう、流行りのインフルエンサーによるステルス・マーケティングみたいになってきてるのか、 世間で目にする記事はどれもただ褒めて あって違いが分からず、中には単に感覚が異なるだけなのか、本当に聞いて書いたのか悩むほど に自分の印象とは正反対の記事があるのも事実です。オーディオ評論家という存在が機器の音色を小説的理念で語ること 自体が独特の文化だとしても、流されず に自分の好みの音を見つけることが大切なのだと思います。

*13 モニター・スピーカーの性格
  モニター・スピーカーというものは必ずしも楽器の自然なやわらかさを再現するものとは限らないと思います。コンセプ トが違うのです。BBC の伝統的モニターやその発展形には家庭でも聞けるような音の出方をするものが多い気がしますが、一時期以降ヨーロッ パの録音スタジオを席巻した B&W などは、初代は BBC 系統の音作りだったものの代替わりしてからはハード・ドームの引き締まった音の方向に舵を切ってきたように思いま す。高度な工業製品となった後も、初期の アルミっぽさのあるクールな音を脱して組み合わせ次第ではかなりナチュラルにできるモデルも出たものの、やはり自分 用に買うことは考えられなかったし、ダ イヤモンド・シリーズになったときに聞いた印象では、あくまでも好みの問題ですが、硬いというか何というのか、レイ チェル・ポッジャーのバッハをかけてく れたけどその場にいられないと思うほど私の耳は痛い感じがしてきて、家 で聞きたいとは思いませんでした。これについてはまだエージングが完 了してなかったとか、組み合わせたスコットランドのハイエンド機器が好みでなかった可能性など、不 明なところも あるわけですが。人気のある JBL についてもここで何かを断じるつもりもないですし、イギリスにも B&W 以外でモニター用に特化してるメーカーは何社かあってスタジオに備わっていたりするでしょう。ATC とか、最近は PMC だったりの でしょうか。その要件 とは何なのでしょう。
  明瞭さは必要です。恐らく定位も含めて楽器がきっちりと捉えらるべきなのであって、プロにとって心地良いかどうかは 別問題なのだと思います。心地良い機 材もあるかもしれないけど第一要件ではない。掴まえやすいからかソリッド感、塊感がある音が好まれる傾向があるよう な気がします。 オーケストラの場合だと聞く位置や聴衆の数、ホールの違いはあるものの、生は案外隙間感のあるほわっとした音に聞こ えます。ボーカルの場合でも息に混じる ハッとかシーとかの高い音を捉えることでリアルに感じられて心地良かったりもするけど、実際は圧縮したりマイクを通 さないと聞こえないものです。こ うしたモニターライクな好みや偏りとモニター・スピーカーの強調された音は何らかの関係があるのだと思います。例 えが良くないかもしれないですがまた車で言えば、競 技用の車両はバランスが良くて扱いやすい方がいいに決まっていますが、プロはとんでもなく上手いわけで、専門ぶって 言うならアンダーからリバースへの変化 が速くてすぐにスピンしてしまうようなトリッキーな車でも難なくコントロールしてしまうし、エンジンが特定回転だけ で性能を発揮するいわゆるピーキーなも のでもちゃんとそのバンドを保って走らせられるのです。絶対性能が最優先で扱いやすさは二の次になる機能一本の世界 だからでしょう。音楽家でもプロに安物 の楽器を弾かせると、上手に癖を補正して相当に良い楽器のような音を出してしまうことがあるようです。モニター・ス ピーカーも一緒で、作業優先で機器に耳 を合わせるし、そもそも耳の使い方が違うというか、音のマーカーを見るようにしてバランスを把握するもののようで す。結局業務用とリテールの製品は別で あって、レーシングカーを街で乗り回したら楽しいのか、という話になってきます。名録音技師ともなると、各地に備え 付けのかっちりした音のモニターを使っ て生に近いバランスを出してくる結果、家で聞いても「ああくつろげる」になるのですから、レコーディング・プロ デューサーかバランス・エンジニアかは知ら ないけれども大したものです。ただデッカのクラシックのある録音では、なぜかわざわざ B&W のスピーカーでモニタリングした、と明記してあるものに以前出会ったことがあり、たまたまその音は技師の加減で若干 ハイの控え目なバランスでした。今後録 音スタジオにより高域が強調されやすいモニター・スピーカーが配備されるような時代が来るとすると、そのバランスに 調整された結果、我々の手元に届く CD もよりオフな音のものが増えてくる事態も考えられます。



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                    Luxman CL32 Tube Control Amplifier 1976                               Luxman MB3045 Tube Power Amplifier 1976


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      Luxman SQ38/D/D Reissue Tube Pre-main Amplifier 1963/64/98         Luxman SQ38F/FD Tube Pre-main Amplifier 1968/70

ラッ クスマン
  日本でナチュラルな音色を持ったオー ディオ・アンプを作った二大メーカーは、真空管の専業小メーカーとかを除けば、ラックスと初期のデ ンオンかもしれません。ラックスマンは大阪の会社(現在 は 横浜)で、管球式アンプといえばラックス、と言われてきました。キット販売もした時期があり、手頃 でマニアックな製品作りです。最近のものについては触れ ませんが、色々なところと資本提携を 繰り返して存続しています。

  CL32 は真空管プリアンプです。キットも出ていました(A3032)。この頃から流行り出した薄型デザイ ンで格好良く、音も素晴らしいものでした。 12AX7×5、12AU7×2という構成でトーンコントロールはありませんが、CD 時代には必要ないでしょう。今でも欲しい気がします。というのも、出た少し後にこれも候補に上がっ ていたものの、結局同じような形をしたプリと組になった 別のメーカーの高級機種を買って失敗したのです。SN比が高くて透明な音質と言われたもので、すっ かり騙されてしまいました。何しろそれまでは昔懐かしい サンスイ のプリメイン・アンプを使っていて、当時はどの機種もそうだったのでメーカーのせいではないです が、残留ノイズがあってスピーカーのツイーターから常時 サーっという音が出ていました。それが夜などすごく気になったので、見かけ上のノイズの少ないもの に惹かれたのです。ラックスにしとけば良かったと何度も 思いました。数 値などどうでもよいことです。

  この管球らしからぬスタイリッシュなプリと組み合わされたパワーアンプは MB3045(モノラル)です。設計者はそのアナログ的な音によって King of Analog の異名を持ち、ミュージカル・フィデリティ A1 の回路も設計したイギリス人技師ティム・デ・パラヴィチーニです。南アフリカでラックス・ディー ラーの顧問を務めていたことから当時の社長の目に留って 1972年から76年まで在籍し、他にも多くのトランジスターのモデルなどを開発しました。この 72年という時期から、ラックス黄金期の名機の音作りには 後に天才とも呼ばれるようになる彼の技術が反映されていると言えるのかもしれません。パラヴィチー ニ本人弁によるとス タッフは自分たちが影響を受けたとは決して認めなかったけど、い いアイディアは吸収する姿勢だったとのことです。子供の頃に部品が買えなくてスクラップ・ヤードか ら剥がしてきた苦労から独自の回路発想が鍛えられたよう で、MB3045 は会 社に彼が提案したアンプ案のうちの一つをいくらか妥協して作り上げたものなのだそうです。NEC とラックスとで共同開発した三極管 8045G を使い、プッシュプルで60W出ていました。三極管だけを最上とする考えは不思議ながら、KT88 人気の時代にラックスは独自の球でサービスの独占を狙いたかったのだろうとパラヴィチーニは語って います。その 8045G は大変良い音ながら耐久性の面などで厳しい一面も持っている真空管です。現在は製造中止で他のもの にせざるを得ない状況になってきており、オークションで 買えなくはないですが微妙なところです。6550 仕様に改造するということがよく行われます。

  このメーカーでは他にもキットを含めて良い真空管のアンプがいくつもありました。 国産の球に積極的だったラックスらしいかどうかは分かりま せんが、一般的な真空管を使ったものでは、MQ70(1978) はマ ランツやダイナコと同じ EL34(6CA7)の UL 接続プッシュプルでした(これに相当するキットは1972年に出た A3500 ですが、三結も選べ、全く同じものではありません。三結についてはトランスの途中のタップにつなが れた線をプレート側につなぎ変えれば良いだけなので、改 造すれば MQ70 でも可能です)。禁断の「球転がし」ができます。ラックス以外でも昔はどの国産メーカーも管球アン プの時代がありましたし、ここで扱っていない海外のブラ ンドでもそうでした。EL34 などの有名管のものも多くあるでしょう。ただ中古市場ではラックスが評価が高かった分だけ「球」数 が残っています。ラックスの他の真空管のも含めて果たし てどのモデルがいいのか、マニア の方がきっと喜んで教えてくれることだろうと思います。

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                                                                        Luxman MQ70 Tube Power Amplifier 1978

  SQ38 のシリーズはラックスのヒット作となった管球式プリメイン・アンプの名作です。三極管を使っていた 点で個性的なものでした。D、F、FD、FDUと変化し て、今でもその末裔が作られています。F 以降のモデルとよく似た顔のプリアンプもあります(CL35/35U/35V/36)。この 38 はタンノイの VLZと組み合わせるのが流行り、ちょっと前にも懐かしのアーデンを聞かせてもらったら、店の人が 当然という顔でこれで鳴らしてみせてくれました。上図左 側は 38、38D ですが、38D には復刻版も限定で出ました。いくらかダイナコのプリ群に似てなくはないものの、パネルの上下が湾 曲したきれいな形です。 右側は顔が変わった F、FD です。パワーアップを狙って出力管も回路も大きく変わっているので別物ですが、上の仕切りと黒いツ マミがなければマランツ7に見えるデザインになりまし た。この顔の方がお馴染みでしょう。使用真空管は初段とドライバー段に 12AU7、FD 以降は12AX7、出力段には最初の 38 と 38D が 6RA8(2A3 の特性をそのまま小型化しようとして NEC が作った五極管構造内部接続による三極管/ 製造中止)、 復刻版の方は手に入り やすいものに変わって 6BQ5(EL84)になりました。五極管ながら素直で滑らかな音の名球と言えるでしょう。そちら は新しいですから中の部品も良い状態だと思います。出力 はそれぞれ10W/12W(復刻版)です。F と FD の出力管はやわらかくて温かみがある音だと言われた NEC の 50CA10(五 極管構造内部接続による三 極管/製 造中止)で、30Wです。SQ38 後期のこのパワーのあるシリーズは、出力管自身と回路による使い方の両面で余 裕が少ないという意見もあります。ブロンズ・パネルになった FDUからはカップリング・コンデンサーがオイルペーパーではなく、フィルム・タイプになっている ようです。名作だけに出回っている数も多く、中古販売店 でもちゃんと直してくれるところはあると思います。問題は球の供給です。50CA10 については中国製が出ましたが、今中国の有名サイトを覗くと値段は Contact Supplier(価格応談)となっていました。中 古店で大量に仕入れたところもあるのでしょうか。熱くなる設計上 の欠点を見越してなのか、セラミックのソケットもこの球用に売っ ているようです。6RA8 の方は他の球用に改造でもしない限り今出回ることのあるものを大事に使うということになるでしょ う。

  それと、古いラックスのアンプについては、出力トランスが当時 「タンゴかラックスか」と言われていた良いものであった (音には好みがあります)に もかかわらず、その独特の材質/構造から経年変化でだめになるこ とが多いようです。全ての型のトランスではないようですから、中 古で買うなら該当するかど うか調べておく必要があるでしょう。中を割って直す人もいるよう で、ひょっとしたら請け負ってくれるのかもしれないし、他のトラ ンスに換えてしまう手もあ るかもしれませんが、いずれにせよ素人には面倒なことです。ラッ クスにせよデンオンにせよ会社が存続している強みはサービス部門も持っているという点で、頼めばな んとかしてくれるかもしれません。トランスの他にも、古 くなったコンデンサーは取り替える必要があり、そのときに妙なものを使うと音が変わってしまう事態 も起き得ます。カップリング・コンデンサーは FDUのことだったか黄色い指月のスタンダードが一番などと言う人もおられました。オリジナルはグ レーの日通工だったでしょうか。両方ともアルミ誘電体の ポリエステル系なので、同じ構造のポリプロピレンより癖がないとは言えますし、他の回路で音は確認 しています(付 け加えれば、トータルでその交換された個体の音色は悪くありませんでした)。 私はオイルタイプでない錫箔フィルム(絶縁体はポリプロピレン)をカップリングとして使ってみて滑 らかではっきりした音にできたこともありました。 ただ、果たしてどうなんでしょう。ギターアンプ御用達の橙色のはとりあえずやめておいた方がいいと 思いますが、それも旧仕様のビタミンQオイルとかに戻 したらだめでしょうか。それから、電解コンデンサーの方はブラックゲート以外はオーディオ用はお勧 めできません。それこそスタンダード品の方が良いと思い ます。  

  より新しいモデルについては、どれがどうということを言うつもりはありません。今の時代に事業を成 り立たせるために は間違った舵取りは許されないでしょう。もし現在素直な音色のアンプを新発売したら、「わずかな ベールが被り、もう一つシャープさが欲しい」などと雑 誌で書 かれて売り上げが落ちてしまうかもしれません。冒頭でも述べた通り、現代的でキレの良い、解像度の 高い音だと評論家が言う場合、ハイハットにスティックが 当たる瞬間の硬い音やテナーサックスのバリバリ鳴る音がより強調されるものを「情報量が多い」と表 現しているようであり、メーカーの音作り同様に彼らもそ う言わざるを得ないか、オーディオ目線のみで楽器の理解に欠けているかだと思います。ラックスがそ うなっていると言うつもりはありませんので、ご自身の耳 で確認してみてください。気に入ればそれがベストです。



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                  Denon PRA-1000B Tube Control Amplifier 1976                             Denon POA-1000B Tube Power Amplifier 1976

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               Denon PRA-1003 Solid State Control Amplifier 1977                      Denon POA-1003 Solid State Power Amplifier 1977

デ ンオン
  デンオン(現在の呼び名は英語式のデノン)というメーカー、放送機器全般を作っていたということ で、魅力的なものが いっぱいありました。有名だったレ コードのターンテーブルもそうだし、カートリッジの DL103D なんか、好んで使っていたオルトフォンの MC20 や 30 のシリーズ、フィリップスの 922 などと比べても遜色がない良い音でした(103 は私には生真面目なタイプに感じます)。スピーカーとなるとビクターの SX-7 やオンキョーの E83A シリーズ、Lo-D の HS-500 などが点光源で光ってたかもしれないながら他の日本製品のほとんどには喜びを感じ難いという中に あって、デンマークのピアレス社のユニットを使ったオー ル・コーンでダブル・ウーファーの DENON SC-107 は音楽性があり、ハーベスとか持っててもまだ手元で鳴らしてみたい気もします。そして同社のアンプ たちも70年代ぐらいまでは確実に「ミュージカル・フィ デリティ」な音のようです。どうしてこう上手く行ったのでしょう。カートリッジやスピーカーとアン プとでは開発に当たった部署が異なるようですから、担当 の技術者も別なはずです。日本のメーカーは文 化の違いと言えばそれまでだけど、海 外のように設計者の名前が前面に出てくることはなく、顔が見えません。すごい発明で会社が大もうけ しても10万円ぐらいのボーナスで終わってしまうのだろ うな、はさて置いて、ラックスと同様何人か耳の良い方がいらっしゃったのでしょう。わが家にある PMA-390 という当時33,000円だったエントリー・モデルでも、ちょっと線は細めながら自然な艶が出て ハーベス・モニター HL がきれいに鳴ります(1991 年製でドイツ人が回路設計したという噂もあるので70年代の技術者によるものではないかもしれませ ん。ドイツのオーディオ誌で音質面での年間最優秀となった PMA-360 と同じ型で、初 代の真っ黒なやつです。こ のモデルだけヨーロッパで標準のトロイダル・トランスを装備していましたので、欧州市場向けの音 だったのかもしれません。因みに 360 にはシルバーもありましたし、黒の方はプッシュ・スイッチ6個とヘッドフォン・ジャックが日本仕様 のようにメタル・カラーではなくボディと同じ黒に統一さ れ、パネル中央の金の飾り文字もなくてデザインがすっきりしています。基 板直立のボリュームが経年変化しやすいので程度の良い個体か、自分で適当なものに交換できる人に とっては今も安くて魅力的な一台です。出力は60Wでした)。
  ここから後日の書き加えなのですが、最近になってハイエンドと数万円のアンプの「ブラインド」聞き 比べというよくある企画が YouTube にまた出ていました。もちろん回答者のほとんどがどっちが高い方か分からなかったというものでしたが、使われたアンプがマッキントッシュのプリアンプ C29(パワーが何だったかには言及されていませんでしたが)とこの DENON PMA-390 でした。こ の記事のせいだなどと言うつもりは毛頭ないですが、時 代を揃えたかったのだとしてもどうしてこの古いアンプをわざわざ選んだのか、不思議に思いました。 マッキンはいいとして、PMA-390 は他にもあったでしょう。この希なる DENON を持って来たのでは、そりゃどっちがいいか分からなくなるのも無理はないのです。確信犯な気がします。

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                                                                Denon PMA-390 (360) Pre-main Amplifier 1991 (1990)
                                                         (Some characters on the panel are peeled in owner's preference.)

  さて、デンオンにはアンプの良いものはたくさんあるようです。一番上に写真で挙げたのは代表的で見 栄えもいい70年代のモデルです。これらの前からの PMA-500 や 700 なども音楽性の高さを狙った大変評価の高いものでしたので、ご興味のある方は中古屋さんなどで聞かせてもらってください。DENON ブランド最初期のシリーズで、サ ンスイやラックスとも共通する当時独特のデザインで した。PMA-700 はプリメインアンプの最高機種です。

 PRA-1000B と POA-1000B は当時のフラッグシップ機で真空管のモデルです。真空管方式だから、という言い訳が必要になる部分 がどこにもないように作られています。PRA は pre-amplifier、POA は power-amlifier の略称だと思います。値段からいっても超高級機で、受注生産でした。珍し過ぎて中古では出回らない のではないかと思われるかもしれませんが、私が出入りし ていた店ではどうやってか仕入れてました。どうしても欲しければ気長に探せば手に入るかもしれませ ん。パワーアンプの方は 6550 や KT88 クラスの 出力を狙った国 産のビーム四極管、東芝の 6G-B8 を使い、シングル・プッシュプルでありながら100Wを達成していました。ラックスのところで触れ た三種類の真空管(6RA8、 50CA10、8045G)に 加えてこの球も日本独自の規格ながら、こちらはまだ比較的手に入りやすいようです。敏感かつ大きな パワーが取り出せる独特のもので、アンプ自体も意図して 甘くやわらかい音を狙う方向ではないですが、透明で滑らかさもありながら正確な音だと言う人もあ り、魅了されたファンも存在するようです。放送局用に使っ たりもした球なので、その方面に強かった DENON らしい設計だと見ることもできます。デザインもシンプルで孤高の美しさであり、妥協を排した造りと 性能が音に表れたという意味で日本の大手メーカー製管球 アンプの頂点と言ってもいいかもしれません。  

 PRA-1003 と POA-1003 もセパレート・アンプで、これもト ランジスタになってからの高級機という位置づけです。パワーは85Wです。写真はこの 1003 で代表させたのですが、前年に出た PRA-1001 と POA-1001 の方が長男です。そちらは出力100Wであり、同じように良く出来た上 記真空管式の 1000 と比べられ、どちらかの方式がより優れているとは主張できないことを実例として見せてくれると言われます。1003 と外見上はほぼ同じですが、プリのパネルの中央分割部分にボタンが多く並んでいてボリュームが右端 にないのと、パワーの下側の格納扉にツマミが付いている(フォー ルディング式ではなく取り外し式)の が違います。両者とも1000B に比べたらずっと出回る台数が多いです。
 POA-1001 も 1003 も今のようにきらきらした解像感を演出しようという作為のない時代に作られた DENON 黄金期の自然な音のパワーアンプであり、大型の電源回路を持つ左右独立モノラル・アンプ構成、熱が出る A級動作を採用する代わりにスイッチングの良い素子を選んでばらつきの出ないシングル・プッシュプ ル(パワーを稼ぐために石を複数個並べたパラレル式では ない)方式にするという、よく考えられた意欲的な造りになっています。1001 などは当時のトランジスタ・モデルのフラッグシップ機でもあるのに、評論家がことさら褒めちぎらな かったからか同年のアンプジラのような知名度はなく、今 人気の管球アンプでもないために中古価格がどうかすると5万以下と低く設定されることもあって大変 お買い得です。ことさらクラスA 動作でなく元の価格が178,000円 だったというところも二年前のパイオニアの M4 ほど目立たない理由かもしれません。でも却って扱いやすいでしょう。交換球の心配もしなくていい し、消耗部品を交換して整備してあるなら信頼性も高く、あ る意味最も良心的で実のある狙 い目のア ンプだと思います。

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                                                                 Denon PMA-830 Solid State Pre-mainl Amplifier 1978

 PMA-830 はトランジスタの DC プリメイン・アンプで、上位機種の 850 という同じ顔のものが存在しますが、830 の方だけ A級動作させられる切り替えが可能でした(その後Uになって 850 も A級動作に対応)。B級動作時は65W、A級動作時は15Wでした。出た当時は89,000円とい う中級機の価格帯で、フェイスパネル下半分だけ濃い色で 好みは分かれるでしょうけど自然な音を狙うなら良いものです。DENON の A級アンプと言えばこれらのシリーズでしょう(PRA- 2000 と POA-3000 については後で触れます)

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              Denon PMA-235 Solid State Pre-main Amplifier 1975                Denon PMA-232 Solid State Pre-main Amplifier 1976

  PMA-235 もトランジスタのプリメイン・アンプで、マランツのモデル7にもちょっと似た感じのすっきりしたデ ザインになり、高級機種というわけではないので今出物が あっても高くなく、状態が良いものがあったらお買い得かもしれません。型番の末尾と同じ35W出力 でした。その上に PMA-255 というのもあり、そちらは55W、テープ・モニター/ダビングなどのスイッチが余分に付き、ミュー トも切り替えられるなど要らない装備が増えてますがデザ イン上はほとんど同じで、パワーが欲しいなら 255 の方がいいかもしれません。さらにその一年後に PMA-232 というのも出て、スイッチがトグル形からスライドのすっきりしたものになりました。音色の点で日本 でより欧州で人気が高かったのか、今となっては写真検索 で日本のサイトはヒットしないようで、特にチェコで生産してたのでしょうか、.cz が目立ちます。ヤマハの CT-7000 にもちょっと似たきれいなデザインの組のチューナーとよく一緒にコメントされています。35Wとい う出力は 235 と同じで、当時の定価は 235 が66,500円、232 が47,500円なので前者の方が幾分上位の位置づけなのでしょう。現在はどれも5000円ほどで 取り引きされるようです。この値段でいい音が手に入って しまうのだから、写真のようなウッドケースもあって格好もいいし、新品買わなくてもいいかも、など といったら景気を引き下げてることになるんでしょうか。ス ピーカーの SC-107 あたりも、1976年当時で75,800円なら今どこかで見つけたらいくらなんだろう、あるいはビクターの SX-7 でもいいし、CD プレイヤーはメインテナンスの問題があるけど DCD-1500 かマランツの CD-34、オンキョーC-700 あたりと組み合わせて数千円で収まれば、全部で2、3万もあれば今のシステムよりずっとミュージカ ルなのが買えてしまいます。誰 の発案か年間200を下回る賃金で正社員と同じ働きをさせられている若者たちも、もしオーディオを 買うならその方がずっとクールかもしれません。
  まあ、ちょっとアジり過ぎたかもしれません。5000円ほどの取り引きというのなら現状渡しで売り 手は手を入れてい ない値段でしょう。発売当初から何も触っていないなら PMA- 390 の時代とは違い、70年代なんで元の音はしていないと考えるべき です。誰かがすでにやってくれてた個体ならラッキーですが、せめ て電解コンデンサーぐらい は取り替えてあげないといけません。少しの手間かエクストラのお 金かが必要にはなるでしょう。良心的な中古店ならそれをしてもう 少し高く売ってるはずで す。 SC-107 もエッジは張り替えてあるはずです。

  今ご紹介したモデルたちは PMA-390 を除いて1978年が最後でした。79年にはセパレートの PRA-2000 と POA-3000 というペアが登場します。使わないスイッチ類を格納パネルの中に収めたすっきりしたデザインで、音も良い A級動作の高 級なモデルでした。しかしこれには太陽通信の Λ(ラムダ)コンデンサーというものが使われています。ご存知の方はああ、と思われるでしょうが、 東芝オーレックスに薄型プリの SYΛ88 というのがあり、バックロード・ホーンを次々作ったことで有名なオーディオ評論家の方が Lo-D の HMA-9500 と組み合わせて絶賛していました。あのΛ88 のラムダはラムダ・コンデンサーのことでした。メタライズドと呼ばれる銅蒸着のフィルム・タイプで すが、防振のために重い鉛を入れたブチルゴムで巻いて樹 脂で固めてありました。これがかなり良い音だったようです。ただ時間が経つとゴムが必ず劣化してし まい、当時のものは全てだめになっています。 また、これに代わるものが全くないという話で、他の種類で代用すると音がおかしくなるというので す。うるさい音が乗らないコンデンサーといえば、pF オーダーのものはスチロール・コンデンサー、0.1μF 前後から上ならオイルペーパー・コンデンサー、数μF ならスピーカー用の高価なものの中に良いものがあり、もっと大きな電解ならブラックゲートといった ところでしょうが、Λコンデンサーは 0.1 から数μF なので何とかなりそうな気もします。それでもこのコンデンサーの音を含めてバランスを取ってあった のでしょうか、やってみた人によると芳しくないというこ とでした。そしてこの PRA-2000/POA-3000 以降の製品については、音作りの発想が変わってしまったという話も聞きます。私自身その後のモデル もいくつかは聞きましたが、何でも聞いているわけではな いので余計なことを言うのはやめておきましょう。いいものもあるのかもしれません。ただ、ラックス の項でも述べた通り、あくまでも一般論として言うなら ば、どこのメーカーであれマーケットに配慮して解像度神話を少しでも受け入れたモデルに良いものは ないとは言えると思います。



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                  Pioneer Exclusive M4 Power Amplifier 1974

パ イオニア
 パ イオニアの高級ブランド、エクスクルーシヴの M4 パワーアンプです。これはもう超有名機なので説明するまでもないかもしれません。トランジスタの A級動作で50W を出すものです。発売当時に試聴した記憶では他のアンプと全く 違ってふわっとやわらかく聞こえ、ちゃんとした耳を養っていな かったせいで奥に引っ込んだオ フな音と感じたものでした。やかましい機械に慣れていたのです。 多くの人がそう感じたせいかメーカーはその後のモデルでやや軌道 修正をしたので、最も自然 な音がしたのはこの初代のみのようです。ハンドメイドで 350,000円というのは、今でこそ弩級のハイエンド・モデル に比べれば大したことないように思 うかもしれないけど、当時のお金ではそう簡単に買えるものではな かったはずです。しかし後世のアメリカ、イギリスの A級アンプと比べても音質的にはなんら劣ることがなく、このメー カーとしては孤高の存在、と言ったら失礼なら、不朽の名作でしょ う。

  ただし、A級動作は熱がすごいのです。これは豪華なウッド・ケー スで蓋がされてます。中にファンは付いているのだけ ど、その位置が問題だということで、 熱い風が基板 に当たってしばらくすると壊れる、また直してもいずれ壊れる、と いうことで、あるオーナーは外ケースを取り除き、ファンの位置を 変える工作をしてやっと大 丈夫になったとか。私は所有していないので本当にそうだかどうか 知りませんが、注意点であることは間違いないと思います。そこさ えクリアできたら第一級の 音でしょう。 



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                 2A3 Single Ended Tube Power Amplifier

真 空管アンプ一般
  ここまで、内外のいわゆる「音楽的な」と評されることもある音色の自然なアンプについて見てきまし た。そのいくつか は真空管式で、他のものはトランジス タ式でした。球(たま)派か石(いし)派か、ということで、よくこの二つは別物扱いされ、その旗印 の下に敵味方分かれるという構図になります。トランジス タ派(今や絶滅したかもしれないので、オーディオ一般派)の方はおそらく真空管なんて昔の技術で甘 い輪郭しか描けないんだ、などと言うでしょうし、真空管 派の方は球の音しか聞かないんだ、と駄々をこねます。作る側なら確かに商売上の立場なんであり、そ の技術に詳しいので真空管に特化してるわけですから納得 ですが、一般の我々が色々聞きもせずに観念で決めているとしたら、それはちょっと大人げないことか もしれません。果たしてあの赤く光る見た目に合致したよ うな真空管独特の音、というものは存在するのでしょうか。「温かみがあり、やわらかくて音楽的だ」 というステレオタイプが存在するようですが、それは方式 に根ざしているのかどうか。確かに市場に出回る製品の平均的な状況では、そういう音のアンプに当た る確率は真空管式の方が高いかもしれません。で も音作りという部分はやはりあるでしょう。アンプを作ってその音が気に入らなければ部品なり回路な りを少しいじって改善しようとします。その手を放したと ころが完 成であり、作られた音です。私はきらきらした艶が乗ったのも聞いたことがあるし、特 性はともかく、はっ きりしていて「ハイスピード」感のあるものも、辛口の寒色系のもあるように思います。よく出来た製 品ならトランジスタに負けない細かなディテールも描きま す。もちろんトランジスタ式にも温かくてやわらかい音や、ぼけたものものもあります。したがって統 計ではなくて可能性としてなら、方式による音の傾向などないのです。理 論的に違いを言おうとする人は真空管内部の構造体が振動する音が加わるという点や、歪の性質がトラ ンジスタは奇数次になりやすく、真空管は耳にやさしい偶 数次になりやすいということを指摘したりします。ただそれもやり方次第、程度問題じゃないでしょう か。トランジスターは熱に弱いその他の理由で B級や AB級にする一方、真空管はA級で行けるので NFB を少なくできる、すると NFB の遅れの問題からほとんどのトランジスタより真空管の方が反応が速くなり、過渡応答歪(TIM)の 点では有利だという考えすらあります。出力トランスは ネックになるものの、素子自体も普通のものなら真空管の方がハイスピードなのです。そしてその出力 トランスによる周波数特性の制限にしてもダンピングファ クターの問題にしても、聴感上は逆転可能な違いでしかないと思います。皆 があまり「温かい」などと決め台詞を発するので反発してるに違いないと同時に、いずれ実 りある論議ではないでしょう。限 られた素人の経験による個人的見解を述べさせていただけるなら、よく出来たトランジスタの A級アンプとよく出来た真空管アンプ(方式上 A級か AB級)とでどちらが良いということは、音色と正確さの両方において全く言えないと思います。

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  ただ、真空管式は音色の自然なアンプが欲しいときに、一つの大変魅力的な選択肢です。「ハイスピー ド」の世界から転 げ落ちてきた人々の受け皿的な役割を 担っている都合上、耳に痛くない機器もやはり比率高く存在していますし、特に三極管シングルのタイ プなら構造も単純でハンダごてが握れれば自作も可能であ り、キットも色々売っていて値段も安く済んでしまうからです。ちょっとした根気が要ることに加え、 端子一個ずつ確実にハンダをあげて行かないと忘れる箇所 が出たりして後で大変ですが、懇切丁寧な組立説明書もついてます。時間さえあれば工作も楽しいもの です。数少ない例外の一つとしてヴィンテージでなくても 良い音が狙えるので、余命を気にする必要がない利点もあります。 
    
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  メタル系の抵抗。左側5つは酸化金属皮膜抵抗(metal oxide film resistor)、右側二つは金属皮膜抵抗 (metal-film resistor)。これらの抵抗は音色に色づけが出やすく、華やかでやかましくなりやすい傾 向があります。酸化金属皮膜は比較的大きな電圧の部分(中電 力)に使われ、 その分見た目も若干大きいことが多く、大抵はつや消しのパステル・カラーなので見つけやすいで す。金属皮膜の方はより小さく、ブルー系が多く、表面に艶が あります。構造は次で説明するカーボン皮膜抵抗と同じで、フィルムの材料が炭素ではなくニッケ ルやクロームの金属であるという違いのみです。カーボン抵抗 より 諸特性が良く、誤差や温度変化が悪影響を及ぼす回路では必要性からこれを選んでいる場合もあり ます。音に関してはメタル・フィルムの一部にはさほどやかま しくならない銘柄もなくはありません。一から作るときには選ばないけれども上手に使ってあると トータルで音色が悪くない機械もあり、たくさん並んでるケー スではいちいち取り替えてはいられません。 

「直 熱三極管シングル・ アンプ(三 極管 SE と略す人もいます。Eは ended のことで、本来は省略しません  :directly heated single-ended amplifier)」、パワーは大してありません。でもよく言われるように箱のサイズや口径の大 きなスピーカーだと鳴らせないなどということはありませ ん。最大出力付近では歪が増えるので絞って使いたいということはあるものの、能 率が普通にあるスピーカーならフルレンジにせよマルチウェイにせよ案外朗々と響かせることも可能だ し、上 手くやればどんな高級製品と比べても負けない繊細で音楽的なアンプができます(シングルの対立概念 はプッシュプルで、パワーがないというのはそれと比べて の話です。シングルのままでパワーを出すため、真空管を二倍にしたらどうかという話については用語 集の最後で触れます)。
  三極管シングルの回路には種類があり、真空管アンプのマニアの間では色々主張がありますが、楽 器の音色に対する受け取り方も人によって違いますから、ここでは立ち入りません。ま た、コンデンサーや抵抗でももちろん違いが出るにせよ、大きく言えば真空管そのものと出力トランス で音が決まってくる形のアンプであり、多極管プッシュプ ル のタイプが回路設計や部品でどんな音にでもなり得る幅があるのに比べれば、シンプルで純粋なものほ ど良い音になるというオーディオの法則を具現化している 最高の増幅器です。付け加えれば、三極管は多極管(五極管/ビーム[四極]管)に比べて効率は悪く て出力が大きくは取れないものの、構造が単純できれいな 音が出やすく、NFB も少なくて済みます。シングル・アンプという作り方自体も同じ性質を持っていて、それは常に A 級動作をするというものです。ス パイスをたくさん合わせたエスニック料理や凝っ たフランス料理とは違い、素材で勝負の芸術的な鮨のようなものでしょうか。それでいて値段が分から ず怖い思いをすることもありません。

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 カーボン系の抵抗。左の緑色のは KOA の SPR シリーズ。シリコン・コーティング抵抗とも呼ばれる、恐らくはカーボン系のものであり、酸化金 属皮膜抵抗が使われているような耐圧の必要な場所にその代わ りに用いるとよりおとなしい音になります。海外では Kiwame という名前で通っているようです。
  中央二つはソリッド・カーボン抵抗。カーボン・コンポジット/コンポジション/ モールド抵抗とも呼ばれる昔からあるタイプ(carbon composition resistor)です。経 年変化と誤差はカーボン皮膜抵抗よりも大きいですが、温 かみのある自然な音のものが多いです。サイズが大きめで比較的ワッテージの高いものもありま す。真空管アンプなどではよく使われ る種類です。球派の間では昔の Allen Bradley を特別のように言う人もいるようですが、比べてみた限りでは他のブランドでも音に大きな違いは ないように感じました。現行のものでは Ohmite、Xicon、Kamaya などが以前から手に入るもので、最近は他のブランド名のものも色々買 えるようになってきました。練り物構造でストレートな円筒形をしており、大抵は茶色で、スペッ クが良かった理研のリケノームだけ はブルーでした。個人的には上記 SPR とこのソリッド・カーボンの二つを嫌な音が乗らないので信頼して多く選んできました。
  右二つはカーボン皮膜抵抗(carbon film resistor)。ソリッドが練り物(個体)の抵抗体なのに対して、こちらはセラミックの丸 棒の上に炭素の皮膜があり、それが螺旋状になるように溝で切 られた構造をしています。電気はその螺旋の炭素皮膜を通って行くので溝が細かく螺旋が長い方が 抵抗値が高くなります。写真上は一般的なもので見た目はほと んどがクリーム色からベージュ、薄めの茶色です。稀にブルー系のもありますが、そうなると金属 皮膜と区別がつきません。サイズはいくつか種類があるものの あまり大きな耐圧のものはありません。安価で最もよく使われるタイプであり、メーカーや型番に よって若干の違いはあるものの音は似た傾向にあって、若干ぼ けるものの嫌な癖がないので使いやすいものです。したがってこれが使用されているところは破損 でもしない限り交換はしません。二つのうち下側の濃いピンク のは精度が高く作られたタクマンの REX。聞いた感じではややはっきりした音で金属皮膜に少しだけ近い感じもします。

* ここではカーボン抵抗類を嫌な音が乗らなくて使いやすいとしていますが、多くのオーディオ愛好 家とは正反対の意見になっていることに気づきます。カーボン 系はソリッド型もフィルム型も含めて、太く甘くぼけていて不正確なので使えないという人が多い のです。そうなるとアルプス電気のカーボン摺動型可変ボ リュームも使えないことになるかもしれません。確かにカーボン系は音像がぼけるように聞こえる 傾向がありますが、全体のバランスとして上手く収まることが 多いということなのです。愛好家の聞き比べにおいては、恐らくヘッドフォンか何かで細部を聞い てエッジのはっきりした音の抵抗(コンデンサーも同じ)を 「ディテールを殺さない正確な音」と判断しているのだろうと思います。抵抗なしと同じ音量にし て比較したら、その音量を揃える際に色付けが出るでしょうか ら難しい作業だと思うのです。それでも仮に最も正確な音の一個4000円の抵抗を見つけたとし て、そういう部品だけで構成すると、アンプ全体としてはとて も耳に痛いものとなる場合があります。オーディオ用の電解コンデンサーの大半に色づけを感じる のも同じ理由からです。カーボン抵抗が原音よりぼけた音で、 それを使ったアンプが最終的に色付けが最も少なく感じるなら、回路構造か他の部品にやかましく する要素があって、それと打ち消しあってフラットにしている ことになるでしょう。本来は全ての部品が無色透明であればベストで、うるさい部品とぼけた部品 を組み合わせてバランスをとったものはごまかしであって鮮度 が落ちると思います。しかし全てを無色透明の部品にすることは無理なので、次善の策としてバラ ンス感覚を磨き、試聴能力を上げて最終的に自然な音にするの が現状では優れたアンプ作りだと思います。部分だけを見るのではなく、離れてトータルで眺めな いと最終判断はできません。それでも正確な抵抗だけで構成し たものをいい音と感じるというなら、もはや捉え方や好みが自分とは根本的に違うということなの でしょう。

  この記事の一番上に写真を載せたのは、そんな三極管シングル・アンプの中でもダントツに人気のある 300B  という種類の真空管を使ったものです。300B はウェ スタン・エレクトリック(WE)が作ったもので、あらゆる真 空管の中で一番有名なものと言ってもいいでしょう。次には私はあまり得意じゃありませんが多極管の KT88 ぐらいでしょうか。ただ図は一般的なイメージであって具体的な製品ではありません。オリジナルの 91B の回路じゃないな、とか言わないでください。すぐ上の 2A3 の絵も同じで、多分こんな形になるよということです(後列大きい方の真空管がそれぞれ 300B 2A3 で す)。多 極管の KT66 を使った QUADUが最高だというようなことをクォー ドの項では言いましたが、 色々な真空管アンプを 一堂に並べて同じ条件で聞かせてもらったときには、個人的な好み では QUADUと 300B のシングルが一番ディテールが繊細で倍音が自然に感じました。そ のとき 2A3 のアンプはその場にはありませんでした。

  劇場音響用だった 300B 以外にも直 熱三極管はいくつか種類がありますが、もう一方の雄は純粋なオー ディオ用として RCA が作ったその 2A3 です。パワーは 300B が7、8W、2A3 が 3.5W ほどということで、元々少ないシングル・アンプなので 300B に人気が集まるということもあるのでしょう。しかし経験豊富な球の制作者の中には 2A3 が高域の倍音が最も繊細で純粋な音がするとして300B より高く評価する人がいます。私が色々お世話になったお店でもそんな風に当時聞かせてくれてまし た。2A3 はこの音の方向での究極のアンプです。もちろん 作り方による差はあります。真空管というものは同じ型番でも昔のオリジナルからリメイクまで色々あ りますから、300B と比べて一概にどちらの球がどうとは言えないかもしれませんが、厳選された小型スピーカを 2A3 で 鳴らして室内楽でも 聞いてる人がいたら、 鮒釣りじゃないけど遍 歴の後に全てを知り尽くしてここに戻った、みたいな玄人っぽい感じがします。まあ、そんなアンプを 作る人は案外次々と別のを作りたくなるギークだったりも するのですが。

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 より高価でハイスペックな抵抗。どれも真空管アンプではあまり 使われません が、左と中央はデール(Dale)の無誘導 巻き線抵抗(non-inductive wire wound resistor)で、左がメタル・クラッドと呼ばれる放熱ケースの付いたタイプ。中央はスタ ンダードな巻き線型の抵抗です。無誘導巻きでないものもあり ます。大きな電力を流すスピーカー・ネットワークなどに使うと大変正確な音が出ますが、それ以 外の用途ではバランスを崩して案外かっちりし過ぎた音色にな るケースもありました。
  右のブルーのは金属箔抵抗(metal plate resistor)。より小さな耐圧の箇所で使うものですが精度が大変高いです。値段も高い。 この銘柄よりもっと高いのもあります。音色はやかましくはな らずにはっきりとしていて良いですが、温かいという感じではありません。

 300B と 2A3 以外の三極出力管となるとあまり一般的ではないと思います。以下は参考までにということでまとめて みましたが、米国系では WE の 300A、205D、 VT52 などが熱を持って語られます。RCA では 300B ほどの出力は出ないもののよく比べられる 50 があります。45、12A、71Aなど他にもいくつかありますが出力はもっと小さいです。また、 6B4G という 2A3 のフィラメント電圧違いの傍熱管というのもあります。
  何かの音楽向きという球があるわけではないものの、クラシック音楽愛好家としては欧州管が気になる かもしれません。 英国系では 2A3 ぐらいの出力の PX4、300B ほど出せる PX25(メーカー呼び名違い PP5/400 / DO24 / P27/500 / PX5) 及び PX25A(DA30)というのがあり、音は大変良いけれども価格も大変良いということになりま す。構造が違ったら別物と考えた方がいいのでしょうけど、 チェコで現在作られている改造管でも結構するようで、オリジナルだと一つでアンプ本体が買えます。 そのアンプも自分で作るのではないなら、出しているとこ ろは限られます。
  ドイツ系だとシーメンスの Ed、Da などがポスト・チューブと言われる電話用のもので存在しており、テレフンケンは EbV、AD1、出力が取れて音も良いとされる RV258 などがあり、戦前のドイツものには鷲がハーケンクロイツを掴んでいるプリントや刻印(ナチ時代のド イツ国章)が付いていたりするそうです。戦前戦後に限ら ずこれらこそまた高価なものです。
  フランスものだと R120 という傍熱管があり、2A3(の傍熱管 6B4G)に似た特性の粋な音だということで、あればドイツものほど高くはないようですが、やはり 新しい球はありません。
  日本製ではラックスの項で取り上げたように、NEC と共同で開発した 50CA10 や 70年代になって作られた 8045G などがあります。多極管構造で内部を接続してあるものということで色々言う人はいます。上記の中に もそんな球はありますが、音が良ければいいでしょう。製 造は終わっています。 
  他には送信管/劇場管のカテゴリーになる、パワーもあるけどボルテージも高い 211/845 などという、ちょっと危険な球が存在していて一定の人気があるようですが、「音色が繊細で」という 狙いではなく、大きな出力用です。
  これらの真空管はやはり、趣味として純粋に球そのものと戯れる人用のものだと考えて差し支えないか と思います。
  これ以外により新しい時代の多極管(五極管/ビーム管)を三極管接続(三結)で使うという手があり ます。これは運用 上で三極管にするということですが、 より大きな出力を得ながら三極管のような素直な音を狙えるもので、球を選べば良い結果が期待できま す。最近の真空管アンプには多い手法です。
          
   
oilpaper    カップリング用途などに使うコンデンサー。左の三つはビタミンQオイルペーパー・コンデン サー(vitamin Q paper in oil/oil in paper capacitor)。昔からよく使われるもので、音色は自然で嫌な癖が出ません。ここに載せ たのは日本製で、上がデル・リトモ、下二つが Toichi のものです。このタイプはスチロール・コンデンサーと並んで生産が安定しません。さらに大昔に 製造中止になったアメリカのスプラーグなどを珍重する人も多 いようですが、マランツに使ってあったというようなことから神格化され過ぎのきらいもあるし、 中古で入手しづらいのでこだわる人向きだと思います。
  中央は同じくオイルペーパー・タイプながら錫箔(tin foil)を使った Jensen のもの。他に銀箔、銅箔タイプもあります。錫箔は緻密だけど静かで滑らかな音になりやすい傾向 があります。
  右は同じく錫箔ながら、ペーパーではなくポリプロピレン・フィルムで巻かれ、オイ ルも充填していない IT エレクトロニクスのオーディン・キャップ KPSN(IT Electronics Audyn-Cap KPSN)。これにも錫箔以外の誘電体のものが出ているし、他のメーカーでも良く似た構成の商 品群があります。スピーカーのネットワーク用として使われる ものです。真空管アンプのカップリング・コンデンサーに耐圧の高いものを使ってみましたが、オ イル・タイプより輪郭がはっきりするものの滑らかさはありま した。ネットワーク用で有名なムンドルフのシルバー・オイル・タイプは銀箔にオイルを充填して ポリプロピレンで巻いており、スピーカーで使うと良かったで すが、この手のものはサイズがかなり大きくなるのでアンプには向かないでしょう。

  さて、シングル・アンプが安いとはいっても 300B で昔のウェスタンの球を欲しがったりすればまたそれだけで大変なことになりますから、それもかなり 突っ込んだ人の話です。今ざっと eBay を覗いても50年代の NOS (在庫保存新品)で一本30万円台のが出ているようです。より新しいものでも WE なら高いです。他にも同じアメリカ製で別メーカーのもの、ロシア製、日本製、チェコ製、中国製など があり、その中国製品の中にはかなりオリジナルと構造を 似せて作られているものもあるようです。もちろんメーカー・ロゴのプリントだけ変えた偽物も出回っ ています。 2A3 の方も同様で、高いものから安いものまで色々な球がありますが、300B より 2A3 が良いもう一つのポイントは、平均して価格がずっと安いということです(最近は肉薄してるようです が)。

  キットはたくさん出ています。安 くあげるならオークションで中古を狙う手もあります。真 空管専業メーカーのさほど高くない完成品も現行であります。どれがいいかは比べてないのでここでは 扱いません。ハッキングでノウハウを盗む政権はいただけ ないとしても、中華製でも 300B などはいくつも出ています。近 頃は必 ずしも何かのフル・コピーというわけでもなさそうで、造りもしっかりしていて格好いいのも10万以 下であります。自国製の電解コンデンサーが液漏れで敬遠 されてることは彼らも知っているのか、トランスも含めて日本や欧州製の部品を使っているとうたって るものもあり、球 と回路からして上手くやれば相当いい音が出そうです。30 倍の価格のものと変わらないようなこういう高級機風のを見ていると適正な価格って何だろう、と ちょっと考えてしまいます。

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 左二つは生産中止になって久しいブラックゲート・コンデン サー。電解コンデン サーの良いものでした。上の赤いのはバイポーラー・タイプ、下の黒いのはスタンダードで、他に もハイグレード品、小型品、電源用などの大容量品など種類が ありました。
  中央は日本ケミコンのスタンダードな電解コンデンサー SMG シリーズ。カーボン系抵抗と同様にはっきりくっきりではないけど素直な音です。他社のスタン ダード品も音色は違うけれども同じ方向ではあります。オーディ オ用と銘打つものはブラックゲート以外は皆賑やかな色が乗る傾向があります。
  右はスチロール・コンデンサー(polystyrene capacitor)。真空管アンプではあまり使われないでしょうが、 pF オーダーの値の小さいものではこの種類が音が最も自然で色づけが少ないです。材料としてスチ ロール樹脂を使うものは昔のタイプであり、最近は Xicon 以外あまり作られていないようです。80 年代終わり頃の高価ではない英国製プリメインで phono 入力部に使われていた例もありました。一 番上は富士通が生産したシーメンス、中央二つは本国ドイツのシーメンスで、富 士通製の方がはっきりした音でした。一 番下は Xicon 製です。Philips その他のメーカーも色々ありましたが、それぞれに少しずつ音色が違います。Philips は少し高い方が伸びきらない感じがあるもののやわらかくて艶がきれいになる場合があり、ある種 の色づけだと思うので数と場所を選びます。国産の古いものは 銘柄不明のもので一 つ良 いのがありましたが、多くは富士通シーメンスに比べるとやや癖の出るものが多かった印象です。 Xicon も若干華やかな色を感じるときがあるものの、今はこれしか安定供給されていないので手に入るだ けありがたいです。

  必ずしも安くない方向でも現代の真空管専門ブランドはあります。日本には出力トランスを使わない方 式に秀でた個性豊 かな老舗や、その名を聞くと敬う人と 「何も球でなくても」と敬遠する人に分かれるという(噂です)有 名処な ど、たくさんあります。海外製品も欧米共に賑わっており、鮨に喩えましたが、日本で評価されるほど には シングル・アンプに人気がないので 300B や 2A3 はやや狙い難いということがあるのと、海を渡ると潮風に吹かれて付加価値が付くものの、国産にはな い個性的なデザインの製品もあります。また、真空管やト ランス、コンデンサーや抵抗のどれもさして違わないと自作派は言うにせよ、初めから0の桁が一つ違 うものもあり、その多くが現代的でキレがあるとして評判 です。繰 り返しになりますが、球特有の音というものはないのです。そしてそれらがま た一つ別の市場を形成しているわけで、そうした音作りの方向性と価格に問題がなければそれも良い選 択かもしれません。音楽が彩る豊かな時が持てるのが一番 ですので、いい音で聞ければそれが珍しいものであれありふれたものであれ構わないと思うのですが、 人が買えないもので誰かをあっと言わせたいというのも趣 味の楽しみのうちなのでしょう。DA30 や RV258 といったちょっと珍しい真空管を独自の回路で組んでます、と宣伝するのと同じ効果は期待できます。 ひょっとするとそんな自尊心の需要を満足させるために事 業企画書から始まった商品もあるかもしれません。でもそれも当然でしょう。あまり言うとやっかんで るみたいだけど高額品はどんな世界も同じで、厳選された 材料を絶妙に組み合わせ、考え抜いた手順によって香味のバランスの上に創り上げる料理もあれば、競 りで最高値の肉を買い付けてコニャック・ルイ13世でフ ランベし、トリュフを山ほど削りかけてキャビアと金箔を添えた一皿もあるわけです。ダイヤモンドも 入れたらお腹をこわすでしょう。前にも触れました通り私 自身の数少ない高級オーディオ経験でも、必ずしも価格にパフォーマンスが比例しない例も見た気がし ます。真空管アンプでも同じだと思います。

  もちろん価格なりに良い部品が組み合わせてあるケースもあります。高くて魅力あるものが存在すると いうのは、現実は 思うより稀だったとしても、いわば当たり前でしょう。硬 くもなく輪郭強調もされないけど鮮度の高い音というのは非常にレアながら存在します。もしもそれが 高価格帯の商品の中にある場合は庶民は自然な音色で音楽 を楽しむなと言っているかのようながら、最 初にマランツ7を挙げたのだから現代における同じような立ち位置のアンプも可能なら取り上げるべき なのかもしれません。大分前から出ているものでブラック ゲート・コンデンサーとアモルファス合金コアのアウトプット・トランス、KT88 よりも規格が新しくて賑やかさの少ない多極管を使う低 NFB 三結 A級のアメリカ製だとか、独自のノウハウで手巻きされたトランスを用い、6BQ5 をジャ ガーの V12 シリンダーに見立てたプリメイン、あるいはモ ノラルのパワーで PL509 から100Wを取り出す Non-NFB のイギリス製とかはいかがでしょうか。どれも示し合わせたようにピカピカのクローム仕立てだったり するのが面白いですが、探せば一人の設計者の理想に基づ いた本物も見つかるかもしれません。それらの機種については専門誌を見ていただければと思います。 チューブ・アンプの愛好家の方々は高い知識と洞察をお持 ちなのでここで触れる必要はないでしょう。私 には酸っぱい葡萄で手が出ませんし、背 伸びしてまでいい加減なことも言えません。何か良いものが見つかるといいと思います。

  記事の最後に真空管アンプを選ぶときに気になる用語集を載せます*14



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        Musical Fidelity A200 Pre-main Amplifier 1993

ミュー ジカル・フィデリティ
  Hi-fi ではなく、「音楽に忠実」というブランド名のイギリスのアンプメーカー、ミュージカル・フィデリ ティは1982年にアントニー・マイケルソンによって立ち 上げられ、84年に A1 という A級動作をする20Wの薄型アンプを発表するや、£300(日本での売価は三倍の128,000 円)ほどという価格もあって、細かな改良型も加えて販売終 了までに累計で10 万台以上を売り上げるというヒット作にしてしまいました。「バジェット・オーディオファイル」とい う全く新しいクラスのアンプを作ったのだとマイケルソン は語っています。その A1の音はブランド名に恥じず、真空管アンプを評するときに使われるような形容詞、「温かくてやわ らい、聞き疲れしない音楽的な」アンプ、と言われるもの です。彼はクラリネット奏者なので、生の楽器の音はよく知っているのでしょう。音楽大学を出た後、 何で食べて行こうかと考えてこの道に入ったといいます。
  一方で、実際に回路設計をしたのはクォードやラックスなど、多くの会社に頼まれて製作や技術指導を してきた1945 年ナイジェリア生まれのイギリス人技師、ティ ム・デ・パラヴィチーニです。二十代後半にラックスで活躍した後、日本の伝統というのか、外国人ゆ えに固定したポストで一生を終える見通しだった会社を去 り、より良い環境を求めてタンジェント、マイケルソン&オースチン(アントニー・マイケルソンが MF を立ち上げる前に作っていた管球アンプのブランド)と渡り歩きましたが、ミュージカル・フィデリ ティで仕事をしたのはその後のことです。英雄色を好む、天 才自由を好む、でしょう。パラヴィチーニはラックスにしても M&A社のアンプにしても、着任前の自分の目には教科書通りの古い回路で作ってるように映ったと米 オーディオ誌へのインタビューで語っていることから、自 然な音色のこの A1 の音決めも彼によるものと考えていいのかもしれません。 といっても、M&A社にては回路を手直しするときに「サウンド・クオリティに 関しては彼 らの望 み通りの滑らかさを保つようにした」とも言っており、A1 についても元々マイケルソンが狙っていた音でもあるのです。マイケルソンはM&A社でも「温かく甘 い真空管サウンド」(本人弁)をデザインしていたし、 A1のときもパラヴィチーニに応援を頼み、持ち込まれた試作回路をその真空管の同じ音のままトラン ジスタに置き換える案にゴーサインを出したようです。そ してマイケルソン自身もパラヴィチーニほどの回路の天才ではないにせよ自らアンプは作っており、 ミュージカル・フィデリティを興す直前には自分用にプリア ンプを設計したところ注文が来て、いくつか作ったらすべて売り切れたのでMFを起業することにした ようです。したがってこの創業者と設計者の関係は、ソウ ル・マラ ンツと技術者シドニー・スミス、フランク・マッキントッシュとシドニー・ コーダマン、あるいは最近のスティーブ・ジョブズとスティーブ・ウォズニアックの間柄のようなもの かもしれません。時 代はちょうどディジタルに移行する頃、それまでの70年代に主流たり得た比較的音楽性のある機器に 対し、世のオーディオ装置が軒並み解像度神話というか、 かっちりした音の方に何かしら色気を出す風潮になって行く時 期だったので、A1 はそのア ンチテーゼとして人気を博したのかもしれません。パ ラヴィチーニ氏はその後、少 量生産ゆえに高額なものが多いながら、EAR という自身のブランドで真空管アンプや CDプレーヤーその他の製品を出しています。真 空管でもトランジスタでも同じ音にできるしするべきだと述べるパ ラヴィチーニですが、King of Tube とも呼ばれる彼の作品は、そこでもやはりミュージカルなものと評価されているようです。 
 
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        Musical Fidelity A200 PCB
 A200 の PCB(プリント基板 printed circuit board)で、オール・ブラックゲート化する前のオリジナルの状態です。BG の電源コンデンサーは大型なので今は所狭しと並んでいますが、本来はこのように結構余裕があり ます。中央の黒く四角いアルミ板の下に八つのパワー・トラン ジ スタが整列しています。この板の上に白いシリコンの粘着オイル(熱伝導性)を塗ってその上部に 来る波板状のアルミ天板と接着させることで自然冷却によって 熱を放出する構造です。この内部レイアウトは A1 でもその他のモデルでもほとんど同じです。

  A1があまり人気だったので、その後同じような格好をした Aクラス動作のモデルが色々と出ました。A100(1985/50W)、 A120(1991/40W)、A200(1993/60W)、 A1. 20 Special Limited (1994/50W)などです。この形をしたものでは A200 が最も上位機種ですが、中身の回路はどれも A1 とほとんど同じであり、違うのはパワーと、電源が上位モデルほど強化されているという点ぐらいで、 完成されたアンプでした。A1.20は電源ケースが別体 になっていますが、中に入っているのは本体から移動してきたトロイダルコアのトランスであり、左右 独立電源で二個入っています。写真の200は現在の私の ものです。他 の機器は試しに買ってお蔵入りにしたり、電源を強化して中の部品を替えてみたりしましたし、スピー カーは自作もしてきたのですが、アンプについては A200を 手に入れて以降は浮気をせず、もう随分長い間使い続けています。音楽を良い音で聞ければ本来満足な ので、おもちゃとしていじるつもりはないのです。あまり 気に入っているのでアルプス電気のボリュームとセレクター、パワー・トランジスタの予備も持ってる ぐらいです。

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        Musical Fidelity A1 Pre-main Amplifier 1984

  その A200 の音はよく言われるように、確かに厚みがあって低音は豊かな方ながら、また「やわらかくて温かい」 も当たってるにせよ、それはそういうソースの場合であっ て、何でもそうなるわけではありません。「ハイ・スピード感」のある機器が子音を強調するきらきら の色づけを持ってる場合が多いように、ウォー ム・トーンと言われる機器の中にはやわらかい音の色づけというのか、何を聞いても甘い音になるもの も確かに存在しています。しかしミュージカル・フィデリ ティの場合はそうではなく、大変リアルな音だと思います。ハイは気持ち良く伸びて繊細であり、弦楽 器のデリケートな倍音を余すところなく再現します。振 動板質量の最も小さいリボン形のインフィニティのスピーカーで聞くとよく分かりますが、楽音の間の 空気感を伝えるほどリアルです。楽 器の自然な艶はありのままに聞かせ、何でも艶やかに聞かせはしません。人の耳というものはバランス が高域寄りでないとディテールが出てないかのようにごま かされてしまう特性があるのでそんな評が多いですが、違うでしょう。あるいは昔のハイ・パワーなス レッショルドか何かの方がもう少しリアルなのかもしれな いけど手 に入れてまで試す気もなく、こ れ以上望むことはないのです。自 分のは電解コンデンサーを全てブラックゲートに取り替えてあるのでノー マル品とは少し異なるかもしれませんが、A1 の系列はどれも素性が良いので傾向は同じだと思います。ブラックゲートは特に大型の電源コンデンサーなどはオー クションでも手に入り難いので困ったものです。いずれ悪くはなるので、元々が大手への委託製造だったのだし、また新しく作っ てくれないものでしょうか。因 みに同じオーディオ用に特化した他社のコンデンサーもエルナーやニチコンなどから出ていますが、「オーディオ用」とうたうも のには一般に賑やかな色づけが あるので注意が必要です。私見ながらスタンダード品(例 えばニッケミの SMG)にしておいた方が無難だと思います。

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        Musical Fidelity A1.20 Special Limited Pre-main Amplifier 1994

  中を開けると思いのほかシンプルです。パワー・トランジスタの乗っている台座からアルミの厚板がそ の台座に挟み込ま れる形で上に突き出しており、その上 部が T字に広がって板状となり、シリコン・オイルでそこと上の天板とが密着接合されています。熱は盛大 に出ますが全て上へあがって天板に伝わり、そこで放熱さ れる構造です。ファンの付いていない自然冷却型(A100 には二つ付いています)ながら、スレッショルドやパイオニアの M4 とは違って熱で壊れたことはありません。勧めに従って私はアンプのすぐ上に小型の静音ファンを棚に 下向きに取り付けて風を送っています。そのファンの音は するけれども、筐体内部の温度が上がってコンデンサーの電解液が早く干上がるよりはましなので、そ れぐらいは我慢しています。

  シリーズは全て A級動作ですが、200 の上には 1000 というモデルもありました。200 よりひょっとして少し良いかも、という説も聞いていたし、実は買うときにどちらにしようかと迷った のですが、 A1000 は50Wで最初日本向けに作られて後に世界で売られたモデルです。デザインも違って下部がスラント していない箱形のケースに丸っこいツマミが付いていま す。それ以外にも日本には入って来なかったけれども、本国にはA1 形のも A1000 形のも含めて他 にも種類があったようです。また、A1 形のモノラル・パワーアンプや、プロ用のラックに入れる式の高価でハイパワーの大型セパレートも出 ていました。それらはなかなか聞く機会がないですが、こ の時期のものは考え方が同じなのでどれも素直な音がしていたのだろうと想像します。そしてその後ア ントニー・マイケルソンはまた別のモデル展開をして行ったわけで すが、近年のモデルについてはポリシーが少し変わったとか、音が 時代に合わせて変化したと か言われるようです。悪口を言うつもりはありませんし、私はよく 知りません。回想を読んだりするとマーケットで生き残って行くこ とがいかに大変かもよく分 かります。「伝説的な人」と呼ばれ、それを彼は控え目にとって 「そこそこの間ビジネスを続けていられてまだ生きており、元気で いるという意味だと考えてい る」と述べています。



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                                                                              Meridian 205 Power Amplifier 1988

  英国系のアンプでこのミュージカル・フィデリティと QUAD を除くと、CDS-1の記事でもご紹介したジュリアン・ブレーカーが作ったネイム(Naim Audio)があります。NAP160(1971)、NAP200(1973)、NAP250 (1975)あたりが彼の代表作でしょう。ただ、最近のモデ ルのことかもしれませんがネイムのアンプには独特の色があるのではないかという話も耳にし、積極的 には探しておらず聞いたことがありません。そもそもそん な初期のものがどれだけ日本に輸入されたのかも分かりません。

  それ以外 QUAD 303 以降や ミュージカル・フィデリティの世代になるとボブ・スチュワートとアレン・ブースロイドのメリディア ンもあります。CD プレイヤーの 207MK2 が定評あるところですが、A級動作の 205(プリは 201)という100Wのモノラル・パワーアンプも1988年に出しています。入力がないとスタン バイ状態になる回路付きということで熱対策がされてお り、音は大変良いということです。きっと本当に良いのだろうと思うのですが残念ながらこれも聞いて いません。さらに次のジェネレーションとなると、試聴し た限りでは人気のハイエンド・ブランドも含めて冒頭で述べたような世界的情勢の中にあるような気が します。したがって自然な楽器の音を狙えるものとして思 い浮かべられるのは、だいたいこれぐらいでしょうか。

  新品でないものを使うのは趣味じゃないという人もいらっしゃることでしょう。自分でリニューアルす るならハンダ吸取 線で古い部品を外すときにちょっとし たコツが要るかもしれません。でもアンプは集積回路を使っていないので比較的楽です。回路知識がな くても組めるキットに手を出せるレベルの人なら簡単で しょう。プリやプリメインならボリュームやセレクターの接点クリーニングということがありますが、 パワーアンプなら細かな部品もないし、最も悪くなる電解 コンデンサーですら真空管式なら取り替える数自体も少なくて済みます。裏表基板などを使っていない 空中配線なら見えないところで接触不良が生じるリスクも 少ないです。
  精巧に作られた工業製品、小さな部品一つが壊れて動かなくなったものを寿命だと言って丸ごと捨てる のは勿体ない話で す。リサイクルでクリスマス、みたいに取り組んだらどうでしょう。サービスコストの方が高くつくな どという経済構造が地球を壊してるわけですから。もし故障してるならその箇所の発見は素人には難し いでしょうが、仮にオークションで落としても実店舗や ウェブ上で請け負ってくれるところはあるようです。壊れてない部品の交換もやってくれるかもしれま せん。新品のときから設計が悪いならともかく、良く出来 た製品なら少しの努力でナチュラルトーンが蘇ります。



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                                  NAD 3020 Pre-main Amplifier 1978                 Cambridge Audio Topaz AM10 Pre-main Amplifier 2010 (top)
                                                                                                       Cambridge Audio Topaz AM1 Pre-main Amplifier 2009 (bottom)


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                              Creek 4330 Pre-main Amplifier 1997 (top)                         Audiolab 8000LX Pre-main Amplifier 1987
                         Creek 4040 S3 Pre-main Amplifier 1988 (bottom)

  ところで、IC の集積化が進むと音に生気がなくなるとは言いましたが、それは大枠では本当ながら、別の一面もあり ます。DIP サイズのオペアンプと一本の真空管とを比べると、上手く選べば音色で優劣は全くつけられないという ことを両者がスイッチできる DA コンバーターで体験しました。そんなオペアンプを縦列させて作るアンプ基板も売っているし、入力段 やコントロール・アンプ部なら無理なく作れるでしょう。 ハイエンドのプリでそれに近い発想のものがもてはやされたこともありました。MUSE などのハイクオリティなオペアンプと何本かのカーボン抵抗、普通の電解コンデンサーに A級動作のシンプルなトランジスタ出力を組み合わせて電源だけちゃんと作れば、銘球シングルアンプ に負けない音のものが安い材料費で出来てしまうかもしれ ません。何の話かというと、これは現代アンプの姿の話なのです。A級動作と MUSE は忘れてもらって、箱の中はスカスカだけどそこそこ鳴るアンプは実際に作られており、製造は中国だ と思いますが1万円台だって買えます。安ければ安い方が いいというのはこれまた環境や人権の問題に皺寄せが行く発想にせよ、デジタルアンプでもないものが その値段で手に入ってしまう。そして設計で上手に調整す ればドンシャリのモダン・バージョンである「キンシャリ」(お米や氷結焼酎の話ではありません)で はない綺麗な音にもできるのです。ということは、いい音 といっても結局は文化と運営の問題になってくるのかもしれません。 

  こんな記事を書いておいて言うのもなんだかですが、現代の製品でも国産大手はいざ知らず、安くてシ ンプルな形にまと められ、完全にナチュラルな倍音とは 言えなくとも解像度も欲張らずに耳が痛いことも比較的少ないヨーロッパ発のエントリーレベルのライ ンナップからどれか一つを選んで、それ以上欲張らないで おくと いうのも賢い選択のような気がします。例えば現カナダの NAD やイギリスのケンプリッジ・オーディオ、アーカム、ミリヤードと いった路線のアンプです。他 にもこちらでは知られていないブランドもあるようです。シンプルなクロームパネルが大変美しかった 昔のオーラ(Aura)は若干華やかな色が乗るのも聞い た気はするし、日本ではそんなに安くはないかもしれませんがクリークやオーディオラブもあります。 ミッション・サイラス1という縦長のもありました。前述 のミュージカル・フィデリティも最初は同じような出発でした。こういう方面は英国系が強いですね。 わざわざ逆輸入はしないとしても、日本のメーカーでも UK デザインだったり欧州市場向けの音作りだったりということはあるようですが。それ以外のヨーロッパ 地域発だとオーディオ・リファインメント(YBA)、ア トール、 オーディオアナログ、ブラデリウス、ヘーゲルといったブランドもある時期以降入って来るようになり ました。それぞれに個性があると同時にどれも平均的な国 産アンプよりは音楽的だと言われ、比べれば耳にやさしいと思います。ただ、「現代の製品でも」とは 言ったものの、やはり今に近づくにつれてモダナイズとい うか、昔からのブランドであるなら最初のモデルよりは高域を明るくくっきりさせて行く傾向にはある と思います。ここに写真を載せたアンプのメーカーでも初 代(NAD 3020, Creek 4040, Audiolab 8000a)やより年代の早いものの方が、残念ながら新 しいものよりも概 ね高 域に強調されたテクスチャーが乗る 割合が少なかったとは言えるでしょう。個々のモデルで違いがありますから聞いて欲しいですが、水面 の反射と同じでより輝きが差すことによって不透明になり ます。

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                                       Cambridge Audio Topaz AM1                                            Cambridge Audio Topaz AM10
  今風でポップな音という意見もありますが、現代のケンブリッジ・オーディオ製アン プの内部です。回路の効率化・小型化が進んでローコストのものほど涼しい感じに見えます。デジ タルアンプに対抗するには思い切って切り詰める必要があるの でしょう。上のミュージカル・フィデ リティ A200 の内部もそれ以前のものから比べれば大分すっきりしていますが、昔はアンプに合わせて箱の大き さが決まり、今は必要な箱の大きさが先に決まって中身の詰ま り具合はモデル次第という風景になってきました。左は入門用のトパーズ AM1 という、上に写真を掲げたモデルです。同じ回路にトーン・コントロールと MP3 前面端子を付けた AM5 の方が日本に輸入されています(トーン・ディフィート・スイッチはありません)。価格は AM1 が £99、AM5が £119 の店があり、日本でも2万円弱(5万ぐらいで売るかと思った)。右はそれよりも上級モデルの AM10 で、£129 です。ケンブリッジ・オーディオでは他にも瓜二つのシ リーズ(戦略違いか中身の基板もそっくりな AX シリーズ)やちょっと別のシリーズなど色々展開している のですが、こうして二つ並べると価格によって何を削るか がよく分かります。ボトムレンジの AM1(AM5)の電源トランスは EI 型(左上の白い四角いもの)なのに対してその上の AM10 ではトロイダル型(左上の黒くて丸いもの)にすることで 差別化が計られているようです。これは国際戦略のモデル ならマランツでも同じ発想であり、電源は良 質になるほど音もどっしりしてくるので大事です。入力と 出力の基板も AM1 は一体型で AM10 は分かれていますが、入力基板にはディスプレイやセレク ターの切り替えなどを受け持つと思われる IC が乗っていてその分基板全体が大きくなっていることと、 若干の出力の違いでパワートランジスタが異なっているこ とを除けばシグナル・パス自体はあまり変わ らないようにも見えます(未確認です)。自分なら潔く何 もない AM1 のトロイダル・モデルのようなのが欲しいですが、トロイ ダル・トランスはウェブの部品商で高くもなく売ってます ので、欧州仕様の電源の個体でもそれ用に自 分で一個だけ交換すれば上級機と同じクオリティーになっ て日本でも使えるし、他社と違ってチップ部品を使ってい ないので部品交換もできる上、ボリュームの すぐ後ろ左にある二個の DIP 型オペアンプに脚を履かせて別のものに色々差し替えたり すれば音色の調節ができて楽しい遊びになりそうです。こ れではないけど中のケーブルなどを替えて倍 以上で売るブランドだってあるそうだし、何とでもできて しまいます。まあ安い商品だからそんなことしないで使う ものでしょうけれども。

  値段の話に戻りますが、安い製品の場合、「このお買い得アンプだと○○万円クラスとは釣り合いがと れない」とか、 「一クラス上の CDプレーヤ/スピーカーと組み合わせると弱点が露呈する」というような論理を聞くことがあるかも しれません。そう言っているのは誰でしょう。ほとんどは 売る人です。それは高いものを買ってもらうためのセールスピッチであり、蜜柑を食べてる人に「その 蜜柑、一個千円ですよ」と教えると「さすがに高級品は甘 さが上品ですな」という返事が返ってくる現象と変わりません。いわゆる「格の違い」は頭の中にだけ 存在する観念です。人間の感覚は磨けば測定器より正確に なる一方で、簡単に誘導されてもしまいます。実際のところ、購買行動や投票行動は我々の理解がもう 少し改善されれば別の形になり、経済学や経営学、行動科 学の理論のいくつかも成り立たなくなるに違いありません。アンプが価格通りの音じゃなくても当たり 前です。売らなきゃいけない方も気の毒だけど、良く出来 ている製 品とそうでないものの違いはあっても音にクラスなどないのであって、レベルが高くなるほど生の感覚 に近づきますから、この音色は赤いけどこっちは青いね、 ということはむしろ少なくなってきます。

   3億の車が400キロ出る例があっても自動車のグレードという考えが権威主義であるように、個々の アンプもそのものの性質が出るだけなので何と組み合わせ ても構いません。値の張る「キンシャリ」製品に遠慮せず、中がスカスカの安いものでも胸を張ってい いスピーカーにつないでください。どれが価 格に見合わないキ ンシャリなのか例 を挙げるべきでしょうか。確かに具体的な製品をいくつか思いつかないでもないのですが、自分の好み じゃないと言うならともかく、批判をするとなると自 他を分けて自 分側が正しいと主張する自我戦略であり、そうした立場への同一化が絶えざる争いの元だったのですか ら、言わない方がいいのです。
  原価を抑えると良い材料が使えないということはあるでしょう。2万円と5万円の違いは電源トランス が EI コアかトロイダルかの違いかもしれません。出力トランスで仮にアモルファスが使ってあったり手巻き 職人に特注してたりすればその何倍かは跳ね上がるでしょ う。真空管アンプなら材料にこだわれば原価は結構高くなります。でも動かないアンプはス ピーカーのように精巧な複合構造物を作らせる部分もないので、一 定以上の値段を超えたら材料費が品質の足を引っ張ることはないはずです。その境界線はどの辺なので しょうか。大手シャンプーの原価は数円です。会社が大き いほど社員の給料と広告費が加わるけど、そこに知的財産権に関わる高額なアイディアが含まれている でしょうか。才能と試行錯誤の時間、個々の優れた工夫に は相応の対価が支払われるべきです。でも半導体アンプではトランジスタを一から開発する費用はかか りません。同じような構造のソリッドステートなら30 万と150万の違いは付加価値でしょう。ハ イエンドは神話の値段です。ボ リュームの周りをテーパーダイヤが囲んでるわけはなく、中の部品を見れば分かります。
 
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       Through-hole                                      Surface Mount (Chip Component)
  取り付け方法による部品の違い。左が以前からあるスルー・ホール式の抵抗やコンデ ンサーが付いた基板で、右が最近の(表)面実装(チップ部品)形式によ るもの。 スルー・ホールというのはプリント基板に穴が開いていて、そこに素子の足(リード線)を突っ込 んで裏側でハンダ付けするもので、抵抗であれコンデンサーで あれ比較的大きいですが、表面実装のチップ部品は IC と同じように基板の上で部品の両端にハンダを乗せるもので、米粒以下の小さなものです。しかも 年々小さくなっており、近頃は肉眼で見ること自体がつらいも のも出てきました。写真でも抵抗は小さ過ぎてはっきり写っていません。IC を取り替えるということがあまりないように、これらのチップ部品も基本的には壊れた場合は基板 ごとの交換になると思います。作るときは巨大なコピー機みた いな実装機(チップ・マウンター)という機械で自動的に取り付けて行くものなのです。個別に取 り外して交換してみたこともありますが、爪の先ほどで両端が 基板にくっついている構造から取るにも付けるにも技術が要り、上手くやらないとプリント面を痛 めることもあります。外すときにコテで床の上に勢い良く部品 をはじき飛ばしたら、もう見つからないでしょう。音については何がなんでもチップ部品の方が良 くないと主張するつもりもないですが、普通に考えれば大きさ があって材料選択も多様になり得るスルー・ホール式の方が余裕のある音になる場合が多いことは 納得していただけると思います。コンデンサーを例に取れば、 チップ・コン デンサーには積層フィルム・タイプもあるものの、ほとんどは積層セラミックであり、そのセラ ミック・タイプは音が賑やかになるとして知識のあるオーディオ 自作派なら(スルー・ ホール型でも)好きこのんで使う人は少ないという代物です。良い音のもあるという話も聞くし、 リード線型より基板にがっちり付くので振動面で有利という説 もあるものの、自分なら選びません。携帯電話ならいざ知らず、何より修理して長く使えるもので あってほしいです。また、部品のある位置がディジタル処理部 だから、あるいは直列でないから大丈夫ということはなく、やってみると理論通りには行きませ ん。直接の信号経路ではないから大丈夫ということでもなく、部 品はなぜか全てが音色に影響しま す。しかし昨今はディジタル化と基板の合理化が進んで表面実装が増えて来ており、ハイエンド製 品ですら採用する例があります。 写真左のスルー・ホール基板は本国売価で2万円程度のアンプのものであり、右の表面実装基板は 200万円超えの高級機のものです。どちらも最近の商品で す。

  そしてイギリスが得意としているかに見えるバジェット・ハイファイと呼ばれるこうしたジャンルの新 しいものは、国内 売価が15〜30万円ぐらいに上がる と微妙なラインになってくるのではないでしょうか。115V の電源仕様なら現地価格で個人輸入してもいいけど壊れたときのことがあります。それでもアメリカの ハイエンドほどではないので音楽好きならそれがすごく良 ければ ちょっと奮発してみようか、ぐらいのところかもしれません。しかし、もし7、80年代の名機や管球 機のいくつかほどは自然なトーンではなかったという話に なるなら、いっそ2万円以下の製品の方が諦めがつきます。大人になって、それもよしとしますか。バ リューフォーマネーでいったら大したもの で、タイトバジェットならそれで OK かも。せめて一番下ではないトロイダル・トランスを使ってるぐらいのモデルならどうかとは言いたい 気はするながら、そうなるともはやオーディオ趣味という よりも音楽の楽しみを邪魔しないというレベルの話ではあるでしょう。果たして何を優先すべきなので しょうか。名演奏はいつも最高の録音とは限りません。良 い音楽が優先なら音の方はどのみちどこかで妥協することになります。オーディオはお伽話です。その 先数パーセントの音質改善を求めてさらに100倍投資す るのは馬鹿げた行為にも思えます。新しい恋に思いを馳せるみたいに、それさえ手に入れば幸せになれ ると期待してるなら、いずれ醒めることになるでしょう。 内にあるものを外に 探してるのですから。
      
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*14 真空管アンプの種類(用語解説)
  真空管アンプには色々な方式があり、どれが良いのかと迷うことがあると思います。方式に限らず、実際にアンプを選ぶ 際に役立ちそうな色々な概念を簡単に 整理してみました。本来なら真空管自体の種類と銘柄についても触れるべきかもしれませんが、詳しくない上に主観も入 るので、そこは専門サイトに任せます。 用語を真空管アンプに限ったのは、トランジスタ・アンプはあまりキット化されていないし、自作する人口も公表された 回路図も少なく、買うときに細かな構造 を知ろうとする人も多くないからです。そしてこうした術語から音を想像できる度合いも小さいと思います。

シングル/プッシュプル(PP)
  まず大きく分けてシングルとプッシュプルがあります。シングルはチャンネルあたり一つの真空管で増幅するタイプで、 シンプルで澄んだ音になりやすい反 面、パワーは出ません。基本は A級動作です。プッシュプルは二つの真空管を用い、音の波のプラスとマイナスの山の方向でそれぞれ逆向きに押したり 引いたりするようにして、別々の二つが 交互に分担して受け持ちます。正の山はぼく、負の山は君の担当ね、という具合です。エンジンで言えば単気筒に対する 水平対向二気筒のような違いがありま す。二つがバトンタッチする切り替わりの場面で上手くやらないとバトンを落とすようなことになり、不整合なつながり になって音質に影響が出る(クロスオー バー歪が出る)こともあり得ますが、上手に設計すればシングルに負けない繊細で素直な音にもできます。A級動作と AB級動作があります。

三極管/多極管(五極管/ビーム管)
  次には真空管の種類として三極管を選ぶか多極管を選ぶかということが大きい分岐です。ここでは出力管(電力増幅)だ けの話にします。パワー段の最後に使ってあるものです。
  三極管は歴史が古く、構造が単純で、音色が素直だけれどもパワーが出ません。シングルだと3、4Wから8Wぐらい、 PP だと10Wから20Wぐらいのものが一般的です。代表的なものには 300B、2A3 などがあります。もっと出力の大きなものもありますが、それらは構造的に多極管を内部で接続して三極管にしてあるよ うな種類が多いです。

  多極管には五極管とその後に出て来て四極構造をしたビーム管があり、三極管よりパワーが出ます。シングルで7、8W ぐらいが多く、PP だと3、40Wぐらい、あるいはもっと出たり、パラレル・プッシュプル(PP をさらに2倍以上に増やしたもので、エンジンだと四気筒以上に当たります)ではかなりのハイパワー・アンプが作れま す。これら多極管のグループは音色の点 では三極管よりも色がついてきらびやかになったり、下手に作るとキンキンした音になってしまう危険性もありますが、 上手な設計なら何ら三極管と変わらない 繊細で自然なものも可能です。代表的なものに KT66 と互換性のある 6L6系、EL34(米名6CA7)系、KT88と互換性のある 6550 系などがあり、KT120 や 150 といった新しいものもあれば、6BQ5 などのMT(ミニチュア)管もあります。

ナス管/ST管/GT管/MT管
  真空管を形から分類したもので、球マニアの人は見栄えを気にする場合もありますが、音の善し悪しには関係がありませ ん。古い方からナス管/ST管/GT管/MT管です。
  ナス管は白熱電球の形の大変古いもので希少であり、実用というよりも好きな人だけが宝物を出してきたようにして使う ものです。トリウムタングステン・ フィラメント(thoriated tungsten filament)というものを使った、本当に電球のように明るく輝くタイプもあります。トリタンがいい、と言って この視覚的効果を熱愛する人もいます。
  ST管は 300B、2A3 などの三極管が該当し、独特のマトリョーシカ(人形)型です。
  GT管はもう少し小さくてすっきり真っ直ぐな円筒形になっています。多極管の多くがこれです。
  MT管はミニチュア・チューブの略で小さいものであり、他のものと違ってガラスだけで出来ていて台座が樹脂になって いません。プリアンプやパワーアンプ の前段などでよく使われますが(電圧増幅)、出力管も存在します。見栄えを気にする人はこれを避けてGT管を選んだ りする傾向がありますが、実のある話で はありません。 

五極管接続/ウルトラリニア(UL)接続/三極管接続
  多極管を使うときの使い方の種別です。
〜 五極管接続
  そのまま五極管らしく出力の出る仕方で使うノーマルの使い方です。ビーム管の場合は「ビーム(管)接続」。

〜 三極管接続(三結とも言います)
  多極管なのに出力を犠牲にしてでも音色の素直な三極管として使う方法です。やり方はビーム管の場合、スクリーン・グ リッドという電極をプレートにつないでしまうだけです。基本的にどんな多極管でもできますが、五極管の場合はそれに 加えてもう一つあるサプレッサー・グ リッドという電極をどこにつなぐかでバリエーションがあります。この三結という方法は、三極管のところで触れた出力 の出るタイプの真空管、電極を内部接続 してあるものと考え方は一緒ですが、真空管自体が最初からそうなっているのではなく、外部で線を接続します。
  超三結という用語を目にする機会もあるかもしれません。これは90年代に日本の技術者が発表したもので、同じように 多極管から三極管の性質を引き出す目 的のようですが、ただスクリーン・グリッドとプレートをショートするのではなく、もう一つ三極管を使って帰還回路を 組むことでアクティブに行うもののよう です。ご興味があれば自作派の方の記事がウェブ上に多数あるようですから検索してみてください。

〜 ウルトラリニア接続
  五極管接続と三極管接続の中間になります。出力トランスの巻線の途中にタップが出ており、そこにスクリーン・グリッ ドからの線が接続されています。そのタップの位置が巻 線がど れぐらい巻いてあると ころから顔を出すかによって特性もより三極管接続に近いか、五極管接続に近いかが変わります。トランスの設計によっ てそれは予め決まっています。したがっ てそれを外してプレート側につなぎ変えれば三極管接続にすることは可能ですが、 反対に元々 UL接続用のタップが出てないトランスを使っている五極管接続のアンプで UL 接続にすることは不可能です。三極管接続にすることは可能ですが。

A級/AB級
  トランジスタ・アンプでも出て来る概念で、A級動作は音色が良いと覚えている方もおられるでしょう。しかし真空管ア ンプの場合は B級はほとんど使われず、A と AB がほとんどです。シングルもプッシュプル(PP)も理論上両方あり得ますが、シングルの場合はほとんどが A級です。
  A級とかB級とかいうのはバイアス(後述します)のかけ方の違いで、入力信号の波形がそのまま同じ形できれいに出て 来る部分だけを使うのが A級、B級になると正負の入力波のうち、負の部分の山の形が出力時に圧縮されてつぶれます。それではシングル・アン プの場合上手く音が出ません。しかし PP の場合は正と負の山を二個の真空管が別々に受け持つので、つぶれてない側だけをとってつなぎ合わせれば良く、B級で も問題が出ないのです。しかしつなぎ目 で出るクロスオーバー歪の点で真空管は設計が難しいところがあるので B級は使われません(トランジスタ・アンプでは普通です)。AB級は AとB の中間的なバイアスのかけ方ですが、負の部分のつぶれ方が少なくて余裕があるので、上手くつなげます。しかしその PP でも AB級を嫌って A級にこだわる設計者もいます。一つ間違えやすいのは、A級アンプは別々の素子を切り替えることがないのでクロス オーバー(ゼロクロス)歪が出ないと表現 してしまうケースです。そういう記事がよくありますが、切り替えないのはシングルアンプであり、シ ングルアンプなら A級だけど、A 級アンプが全部シングル動作というわけではなく、プッシュプルの A級アンプは普通に存在します。その場合、バイアス電流をかけっ放しにしているせいで切り替えがスムーズであり、ク ロスオーバー歪が少ないとは言えます が。よく混乱するポイントです。

NFB
  ネガティヴ・フィードバックの略です。NF とだけ略す人もいます。訳すと「負帰還」となります。これはアンプの出力電圧の一部を逆相にして入力側に戻してやる ことで歪や周波数特性、ダンピングファ クターなどを改善するものです。出口の出力トランスの二次側から初段のカソードへ戻すオールオーバーなものから、部 分的に出力段のカソードに戻すカソード 帰還、PG(プレート→グリッド)帰還、PK(プレート→カソード)帰還など種類があり、得られる効果にも特徴があ ります。出力を入力に戻すと聞くと排ガ スのブローバイか飲尿療法かという感じですが、総じてその戻す量を多くすると特性は改善される一方で音に生気がなく なるとされます。自作派の間では non-NFB(全くかけない)こそが理想とよく言われますが、どんな場合でもそうだとするならそれも極端な気がし ます。non-NFB で音色の良いバランスを見つけられるならそれがベストであり、A級動作の真空管アンプなら可能かもしれません。しか し通常はアンプの裸特性がきれいになる よう設計しておいて最小限の NFB をかける(ど こにどうかけるかは 問題でしょうが)の が良いというのが決ま り文句のようになっており、「何 dB の NFB をかけています」などとカタログにうたわれる場合もあります。ただ、その適正量は設計者によって意見がまちまちで す。一般にシングルと PP とでは PP の方が、三極管と多極管とでは多 極管の方が多めに必要となることが多い ようです。

固定バイアス/自己バイアス(セルフバイアス=オートバイアス)
  バイアスというのは真空管のグリッドという電極にかける電圧のことで、そこに音楽信号を一緒に加えてやります。三極 管の場合は全部で三つの電極があり、 あと二つはカソードとプレートという電極です。そしてその真ん中にグリッドが位置しています。つまり、電子の旅で言 えば出発駅はカソード、終着駅はプレー ト、途中駅がグリッドです(電流の流れはその逆)。カソードというのはヒーターで熱を加えるところで(ヒーターとカ ソードが一体になったものが直熱管、別 になったものが傍熱管です)、その熱によって電子が跳び出し、プレートに向って飛んで行きます。別の言い方をすれば 真空管(カソード)には常時熱というパ ワーが加わっているわけです。そして旅の途中に前述のグリッドがあるわけで、そこには音楽信号も横から流れて来てい るので、その音楽信号の形によってカ ソードからプレートへと流れて行く旅の後半の電子の流れが影響を受け、その流れ自体が音楽の形に成形されます。言っ てみれば途中駅で音楽が乗車するわけで す。そこから先は電車が歌いながら走って行く。

  もう少し正確に表現するなら、終 着駅のプレートにはプラスの電圧が来ており、電子はマイナスですからそのプラスに引き寄せられて旅をしています。と ころが途中通過駅であるグリッドに加わる音楽信号とバイアス電圧はマイナスの電圧なのです。電子は反発するわけで す。グ リッドという語は格子 網を意味します。つまりこの途中駅は網状のゲートで、そこを通り抜けようとするとマイナスの電子は反発力を受け、終 着駅に流れようとする勢いが跳ね返されるようにしていくらか弱まります。強いマイナスだとより勢いをそがれて流れが 弱まり、弱ければたくさん流れます。そしてそのグリッドには音楽信号も加わっているので、そのマ イナス電位が音楽信号の形にコ ントロールされて強まったり弱まったり脈動するこ とになるわけです。したがってこのグリッドを「コントロール・グリッド」とも呼びます。大きな川の流れを、音楽のよ うに脈動する小さな川の流れで制御してあ げると、大きな川全体が音楽の抑揚を持って流れて行くようになるということです。それが(音楽)信号の増幅作用で す。

  ここで話を元に戻しますが、その音楽信号に常に先に加わっていた電圧がグリッド電圧(バイアス)だったわけです。そ の電圧というものは、真空管によって 必要な値が決まっています。ただ、いつも一定の値で供給できていれば良いのですが、色々な条件でずれてしまうことが あるので調整をどうしようか、という話 になってきます(真空管を換えたときにも調整が必要です)。そのとき、いわばネジを付けておいてマニュアルで調整す るのが固定バイアス方式、オートマチッ クに必要な値に調整されるようにバランスを整える回路がくっついているのが自己バイアス(セルフバイアス)、ないし はずばり、オートバイアス方式です。

  それぞれの利点ですが、オートバイアスは無調整で簡単ですが、カソードにくっつく形で抵抗とコンデンサーが一個ずつ 余計に必要になります。その二つは信 号回路の中にあるという言い方ができます。固定バイアスだとそれがないので、音を重視する人は固定バイアスがいい、 などと言う場合もあります。自動車と同 じでマニアックなマニュアル・ミッションは固定バイアスと言えるでしょうか。しかしもしその抵抗とコンデンサーの質 が十分に良いならばオートバイアスでも 音に影響はないことになり ますので、このあたりはどれぐらい厳密に考えるかという問題です。高級機でも自己バイアス式はあります。最近の F1 はオートクラッチですね。案外気にする必要はないかもしれません。

直流点火/交流点火
  上述の真空管の電極の一つ、カソード(電子の出発駅)を温めるためのヒーターを直流でやるか交流でやるかの違いで す。昔は上手に直流が作れなかったので 交流でしたが、現在は直流が主流になってきました。しかしマニアの間では交流点火にこだわる人も若干います。理由は よく分からないものの、結果的に交流点 火の方が躍動感が出るなどと言うのです。しかし交流点火はシングル・アンプの場合はハム(雑音)が出るので一般的で はありません(それでもなおトライする 自作派はいます)。PP の場合はハムが二つの真空管の間で逆相になって打ち消されるので大丈夫な場合が多いです。どちらの方式がいいかの結 論は出ませんが、交流点火にこだわると アンプの選択肢はぐっと狭まります。また、アメリカよりもヨーロッパの方が交流点火を好んだ傾向があるのではないか とも言われるにせよ、ウェスタン・エレ ク トリックの全盛だった頃は同じようにアメリカも交流点火を多く使わざるを得ない状況でした。

整流管/シリコン・ダイオード
  直流を作り出すときのやり方です。現在はほとんどがシリコン・ダイオードを使って整流(交流電源を均して直流にす る)しています。以前はセレンというも のもあり、5、60年代には使われていました。外見は蛇腹のような格好で、有害重金属を用いるために今は姿を消して います。
  もっと古くは整流管を使いました。ダイオードと同じように片方向にしか電気を流さない性質のある、増幅作用のない二 極管構造の専用の真空管のことで、実際は普通の真空管の構造を変えて作られたりしています。これにも 直熱管と傍熱管があります。整流管には過酷な負荷がかかるので一般の増幅用真空管より寿命が短いです。現在でも特定 のマニアの間ではシリコン・ダイオード より整流管の方が音が好みだとか、そこを差し替えると音色を変化させることができるなどの理由で敢えて整流管を使う 場合もあります。ダイオードのノイズを 避けることを理由として挙げる人もいますが、性能の良いダイオードが色々出て来ているので中心的な理由ではないと思 います。意味があるかどうか分かりませ んが、見た格好がいいからということもあるようです。既製品のアンプの中にも整流管式は一定数存在しています。真空 管の数が多いように見えているアンプで は整流管が使われているのかもしれません。

電圧増幅/電力増幅
  電圧を増幅するか電力を増幅するかという意味ながら、回路での具体的な説明は省きます。単純に分ければ電圧増幅と言 う場合はプリアンプ、もしくはパワー アンプの前段に使われている回路、電力増幅と言うとパワーアンプの出力段(最も大きな音にする最後の部分)で使われ る増幅回路です。アンプを選ぶ際にはこ の区分は関係ないですが、よく「電圧増幅部の」などという言い方で解説に出てきます。

OTLアンプ
  OTL はアウトプット・トランスフォーマーレスの略で、文字通り出力トランスのないタイプのアンプです。真空管アンプでは 通常出力トランスというものが必要に なってきます。トランスは音に色を付けるので可能ならばない方が良いわけですが、OTL アンプはそれを無くすために色々難しい細工をして実現したものです。真空管全盛期には多く試みられました。しかし真 空管アンプにまた新たな役割(温かい音 など)が求められている現在ではむしろ製品数は減っているのではないかと思います。

プレート損失/ロードライン
 真 空管アンプを趣味に する人の間でよく聞かれる言葉です。文章で大雑把に表現してみますが、プレート損失 というのは特定の真空管の性質を示すときによく使われる概念で、「プレート損失○○Wの球だから」のように その球を定義した感覚で言われることがありま す。能力の限界値というのか、最大定格に関係があるのです。しかし出力何ワットというのとは別の言い方で、 どれだけパワーを出すかは個別の回路ごとの判断 なのでポテンシャルで言いたい、という設計者発想のニュアンスなのでしょう。車における「最高出力」に対す る「排気量」のようなものだと考えれば分かりや すいでしょうか。具体的に言うなら、アンプの出口である真空管のプレート(極板)には無 音時から電 圧がかかっており、音楽が流れたらそれに応じて電流も流れるわけですが、プレート損失はその電圧と電流を掛 け算して、やはり電力(W)で表します。出力と 間違えそうですが、電熱器のようにプレートで消費される電力のことであって、球によってその許容される最大 値が決まっているのです。そこを越えるとプレー トが赤熱して真空管の寿命が短くなります。したがって実際の設計では少し余裕が出るように回路を設定すると 思います。これ以外にも最大プレート電流、とい う大切な値もあります。三定数と言われる μ(ミュー)、gm、内部抵抗、あるいはパーピアンスなどという言葉が記事で使われることもあります。

  ロードラインというの は真空管アンプを設計するときに最初に求める出発点であり、見取り図のようなものです。load という語は荷物の重さの意味もあるので普通にロードラインと言うと荷物を満載した船の喫水線のことだそうで すが、電気では負荷の意味です。負荷線、とでも なるのでしょうか。船の喫水線が乗った人数や荷物の重さで色々に変わるように、アンプにかかる負荷も様々な 条件で変化しますが、その動きを一目で分かるよ うにしようという意図が潜んでいると言ってもいいでしょう。言葉にするなら、縦軸と横軸にプレート電流とプ レート電圧をとったグラフにグリッド電圧のカー ブを描いた図(Ep-Ip特性と言います)の上で、その真空管がどんな風に動作するかということを表すため に引いた一本の線のことです。親切に求め方を説 明してくれる詳しいサイトがありますから、ご興味のある方は検索してみてください。数学的な抽象概念ですの でただアンプを選ぶ場合には知らなくても大丈夫 です。ここに項目を掲げてはみましたが、単に決まったものを組み上げるのではなく、アンプを一から設計をす るときだけに必要となってくるアイディアであ り、色々な特性の計算の元になるものです。真空管アンプ趣味の中には動いたら楽しいという種類もあり、不思 議な容れ物に入れてみました、できるだけ小さ く、あるいは安く作ってみました、という遊びもあります。そんな風に楽しむなら最低でも理解は必要です。こ こでは自然な音のアンプを手に入れることが目的 ですが、それを独自に作るとなると本格的に取り組んで経験を積み、少なくとも十年以上はかけて技術者になる ぐらいの決意が要るのだろうと思います。

結 合回路/カップリング・コンデンサー(RC結合/トランス結合/直 結)
  増幅回路をいくつも重ねて多段にするときに(通常一段だけのアンプはありません)どうつなぐかで大まかに三つの回路 があります。
〜RC 結合
  前段と後段の間にカップリング・コンデンサーというものを使う最も一般的な方法です。因みにカップリング・コンデン サーはデカップリング(バイパス・コ ンデンサー/パスコン)とかフィルターとかとは用途が違い、直流をカットして真空管と真空管をつなぎます。音色に大 変影響するのでオイルペーパー・タイプ がいい とか、箔の材質はどれがどんな音か、とか議論され、簡単なのでそこだけ取り替える遊びがあります。電源部に使われる 電解コンデンサーではなく、各真空管の 脚の間、近いところに目立つように付いています。通常 0.1μF 前後(それより一つ下のオーダーからその桁の最大ぐらいまで)の大きさです。

〜 トランス結合
  良い抵抗が出てきて以来減った古い形式ですが、今もこれにこだわる人もいます。カップリング・コンデンサーではな く、トランスを使って結合させます。メリットもいくつかありますが、良いトランスを使わないとコアから来る色づけが 出るので一般的ではありません。

〜 直結
  コンデンサーもトランスも使わないでダイレクトにつなぐ方式で、ロフチン・ホワイトの項で触れる通り、不安定になり やすいです。多段にはできず、二段までです。自作派はこの「直結」というキーワードをよく使います。

回路の種類(術語としてよく聞かれるもののみ)
〜 ムラード型
  英語圏ではイギリスの真空管メーカー、ムラードが1959年に刊行したマニュアルに掲載されている 5-10型、5-20型などの完結したアンプのシステム全体の呼び名である場合がほとんどですが、日本で言及される 際は位相反転回路の形式の一つに付いた 名前(リーク/ムラード型 [位相反転回路] )として使われます。

〜 オルソン型
  1947年に RCA が実用目的で作った無帰還(NFB をかけない)のパラレル・プッシュプル、三極管接続のアンプです。シンプルな回路で音色を悪くする要素が少ないので 自作派に人気があります。

〜 ウィリアムソン型
  1940年代の終わり頃の雑誌に英国人が発表した負帰還(NFB )を大きくかけた(20dB)4段構成のトータルの回路(KT66使用)ですが、その後の解釈によって実用となった もので、歪などの特性が良いという特徴 があります。NFB の最初のもの、というニュアンスでよく話に出てきます。発展吸収的に真空管アンプの基礎の一つとなったので、多くは 歴史として語られています。「リーク/ ムラード型とは違い」などと表現されるときにはその中の PK分割型の位相反転部分のことを言っているのだと思います。

〜 ロフチン・ホワイト型
  1924年に考案された、初段と出力段の間をコンデンサー(カップリング・コンデンサー)を用いず直結にするアンプ です。シングルでも PP でも使われますが、2A3 などの小出力シングル・アンプでよく聞かれます。余計な素子がない分音色が純粋になりやすい反面、前後段が影響し合 うので素子間の条件が限られ、ナローレ ンジで不安的になりやすいものです。これも自作派には潔いとして常に人気ですが、良い音色のカップリング・コンデン サーがあれば必要ないということで、大 きなメーカー製には少ないです。

位相反転回路
 真空管のプッシュプル・アンプで必要となる回路です。前述の通り PP は二つの真空管がそれぞれ波形の山の上向きと下向きを担当し、正負で押したり引いたり綱引きのように交互に働くイメージです。そ れを実現するために入力の 片方をもう一方と逆向き(逆相)にするための回路が位相反転回路です。シングル・アンプにはないもので音質に大きな影響を与えま すが、これ自体の種類を見 てアンプを選ぶこともないでしょうから、一般的には気にする必要はないかもしれません。ただ、名機と呼ばれるものはこの回路もよ く吟味されています。代表 的なものに PK分割型、(リーク/)ムラード(マラード)型などがあります。テキスト通りではなく、色々工夫が加えてある場合も多いようです。
 一方でトランジスタの場合は通常コンプリメンタリーSEPP と言って極性が逆になる PNP と NPN の対の素子を組み合わせてプッシュプルにするので、この位相反転回路は必要なくなります。稀ですが、完全対称アンプという、PNP か NPN のどちらか一方だけを使ったプッシュプルも存在します。

出 力トランス(アウトプット・トランス/OPTトランス)
〜パーマロイ/アモルファス/ファイン メット
 真空管アンプは半導体のアンプと違って出力段の最後にトランスが一つ余分に必要にな ると本文 ですでに書きました。出力トランスです。真空管自体の性質と して高電圧はかけるけれども電流は多く流れないということがあり、低い電圧でたくさん電流を流すスピーカーにつなげる際は仕様変 更をしてあげなくてはいけ ません。そのために出力トランスが必要なのです。これを別の言葉で言うと、真空管アンプとスピーカーはインピーダンスが違うの で、インピーダンス変換をし てやる必要がある、ということです。その出力トランスは電源のトランスとは別に要りますから、ステレオなら最低でも三つボディに トランスが乗っているとい う、球アンプのお馴染みの光景になるわけです。出力トランスはシングル用は大 きく、プッシュプル用はそれと比較すれば小さいですが、どちらも真空管と同じぐらい音質に影響を与えます。あるいはここを換える と真空管の銘柄交換以上に 音が変わることもあります。

 ではトランスの違いとは何でしょうか。まず構造的な問題として大きさによって高い周 波数と低 い周波数のどちらを得意とするかという相反の関係がありま す。そしてメーカーは色々あり、職人の巻き方によっても音色が違うと言われます。例えば「古い TANGO はいいな」などと話題になったりするようにです。大変熟練の必要な作業であり、材質や構造もですが、その出来によって結果が大き く左右されます。オーク ションではイギリスやアメリカなど海外のトランスも買えますし、国産もいくつかあります。ただ、真空管全盛の頃に有名だったメー カーは今はどんどん廃業し たり職人がいなくなったりしているようです。
 そういう作り方とは別に、トランスのコア(核)の部分にハイスペックな材料を使った トランス も存在します。ハイエンドの商品にはそんなトランスが一部使 われています。マニアックな真空管アンプ製作所のもののうち金額の高い商品の中にも存在するかもしれません。使ってあればそう宣 伝しているでしょう。一台 で十万ちょっとの商品は違うと思います。というのも、通常品だと千円ぐらいからあるトランスが高級素材だと一個でアンプ一台分ぐ らいしたりするからです。 自分でハンダ付けができる人で、回路図があって自分のアンプにどんな規格のトランスが乗っているか分かり、取り付け形状もなんと かなるなら市販のアンプの トランスだけを良いものに交換改造するという手もあるでしょう。

 そのコア材料ですが、まず普通のものはケイ素鋼板(電磁鋼板)です。特性としては透 磁率は高 くないけれども飽和磁束密度は高いものです。この中には無方 向性電磁鋼板(ハイライトコアなど)と方向性電磁鋼板(オリエントコアなど)がありますが、後者はやや高級なもので価格も1.2 倍ほどします。どちらもよ く使われています。コイルでよく見かけるフェライト・コアはより高周波用です。
 一方で高級なコア材の方は透磁率が高く、飽和磁束密度も十分なもので、代表的なもの はパーマ ロイ、アモルファス、ファインメットです。どれが良いかは一 概に言えません。同じ名前の材料でも混ぜてある成分などで違いがあり、例えばパーマロイ(透磁率を意味するパーミアビリティと合 金を意味するアロイの合成 語)という名前の材料はニッケルと鉄の合金ですが、モリブデンを加えてスーパー・パーマロイと呼んでみたり、アモルファスだとコ バルトが使ってあるものが あったりするからです。

〜パーマロイ
 材料についてはすでに触れました。合金ダスト(粉体)コアで、丸 棒、角材、0.1mm 〜3mm ぐらいの箔/板材など、ど んな形状の ものもあります。ファインメットとよく比較されますが、歪特性が優れており、スーパー・パーマロイなどのハイスペッ クのものはファインメットより透磁率が高いものもあるようです。音は歪感が少ない分静かで繊細だと言われます。

〜アモルファス
 非結晶構造(非晶質)の鉄系の合金で高周波特性が良く、トランスに使った場合はパー マロイ同 様の優れた特性を示します。(テー プ/リボン)が基本で、それを積層にしてブロッ ク形状に成形してあるものもあります。これも静かで分解能が 高く、電磁 鋼板とは雲泥の差だと言う人もいます。鉄の代わりにコバルトを使ったものは価格も高いですが、透磁率は最も高い部類です。そして 国産のアンプがよくファイ ンメットを使うのに対して海外の高価な製品に使われるケースが多いかもしれません。

〜ファインメット
 日立金属の商標で、特殊なナノ結晶軟磁性材料です。0.02mm 厚の箔(テー プ/リボン)の形をしています。透磁率と飽和磁束密度の両方がバランス良く高いという特徴を持っています。メーカーは透磁率がコ バルト基アモルファスと、 飽和磁束密度は鉄基アモルファスと同等だと説明しています。材料は鉄にケイ素、ボロン、銅、ニオブを混ぜたもので、やはりアモル ファス(非晶質)の一つで す。パーマロイよりもやや音色が暖かいと言う人もいるようですが、比べたことがないので分かりません。
 一般にシングル・アンプの出力トランスは PPアンプのそれよりも大きくします(小さいと低音が出ず、大きいと価格が高くなります)。直流電流が流れることによってコアに 磁気飽和が生じるからです (PP では直流は打ち消し合います)。そしてそれを避けるためにギャップを設けるのでいい材料の特性が十分に発揮され難いのと、ファイ ンメットに限っては特定条 件下でインダクタンスが低下する性質によってさらに大きく作らなければならない事情があり、ケイ素鋼板が磁気飽和に対して元々悪 くない特性を持つことも手 伝って、 PPとは違ってこうした高級素材を使いたがらない人もいます。巻き方の違いこそが材料よりも大きいという主張なら一理あるでしょ う。しかし個人的には材料 の違いも理屈や数値よりはダイレクトに音色に影響することが多いような気がします。

 出力トランスはコア材料の違い以外にもコアの形状(構造)による種別もあります。 EIコア、 カットコア、トロイダルコア、Rコアなどです。その順に発展 してきました。最も性能が良く、電源用などで音質の観点から高級機に使われるトロイダルコアはドーナツ型をしたその形状から外周 と内周とで直径が違うため に巻き線の密度が揃わず、 きれいに巻かないと性能が落ちるという話と、そもそも巻き難いこともあって出力トランスとして使っている例は今のところ多くない ようです。特にシングル・ アンプ用としては、必要となるギャップのあるコアが少ないこともあります。Rコアはそれをもう少し巻きやすく工夫した新しいもの で、ギャップを設けたもの もあります。箔や粉体など材料の形状との相性もあります。材料によって音も違うのでどの形がどういう音とは言えませんが、一般に EIコアはがっしり力強いとか、カット・コアははっきりして真っ直ぐな音だとか言われることがあり、トロイダル・コアは繊細で しっとり歪感が少ない、Rコ アはそれに準ずるはずだけどより EI コア寄りの音だとか評されることがあるようです。

プッシュプル/パラレル・シングル /バラン スド・シングル/差動プッシュプルその他
〜プッシュプル
 シングルアンプは音色が素直になりやすく、プッシュプルアンプ(PP)も 上手く設計すれば全くそれに劣ることがないな がら、ただ普通に作ると何かしらの音の違いはあり、素直な音色ではシングルの方が良く聞こえる場合が多いというのが定説になって いるようです。理論的には 逆で、PP はお互いに逆相で動作することから二次歪(二倍もしくは偶数倍の周波数の高調波)が打ち消されて歪率が下がるし、シングルでは真 空管構造の限界によって最大出力付近が頭 打ちになり、入力と出力の波形が非直線的になる(ずれる)のに対して、PP では波形の半分しか使わないことで余裕がある分その領域に近づきにくくなります。また、出力トランスに流れる直流成分によってコ アが磁化されて(その結果 インダクタンスが小さくなり、コイルの性質によって)低音が出にくくなるというシングル独特の欠点(それを防ぐために大きな出力 トランスが必要になる) も、PP では直流の流れがプッシュとプルで打ち消し合って0になるので起きず、いいことばかりなのです。それでもシングルの方が音が素直 に聞こえるのはなぜかとい う不思議は、DA コンバーターでディジタル・フィルターが高次になるほど特性が良くなるのに音に生気がなくなる現象に似て理論的には解明されてい ません。

〜パラレル・シングル
 しかし経験的にシングルの方が音色が素直ならシングルにしたくなります。でもパワー が出ない わけです。2A3 のシングルだと3.5Wぐらい。せめて倍ぐらいあれば能率の低いスピーカーでも楽です。そこでプッシュプルでパワーアップを狙う ときにやるように、真空管 を並列に二本(以上)並べて「パラシングル」(パラレル・シングル・アンプ parallel single-ended amplifier)にしてはどうかと誰しもが考えると思います。それは実際に存在していて自作派はよく製作していますし、国内 でも海外でも作って売って いるところがわずかにあります。ではなぜ主流にならないかというと、上記のように逆相で働く PP が持つ特性的な改善が望めないことと、PP は単に二倍の出力以上にパワーを稼げるのにきっかり二倍以上は出ないこと、トランスが大きくなって価格が上がることに加えて、最 もそれらしい理由は高域が 落ちるということのようです。PP だと二つの真空管に入る入力のうち片方は位相反転回路を通ってきた逆相のものを使うので入力が二つあるわけですが、パラシングル だとただ単に一つの入力を 二つの真空管に振り分けてパラレル(並列)にすることになります。そうすると入力から見た回路の容量(コンデンサーが持つ値)も 二倍になります(並列のと きは足し算です)。それが大きな値になれば高域が減衰するのです(コンデンサーは働きかける対象に対して直列のときは低音をカッ トしますが、並列に逃がし たときは逆数となって高音カットになります。ここでもそのように反転した働きです。ただしそのようなハイカット・フィルターが形 成される理屈の説明は難し いので私の手に負えません)。パラシングルは上手く設計しないと可聴帯域内ぎりぎりの高音から下がってきてしまいやすいというこ とのようです。f 特の頭がなまりやすいのです。実際のグラフでは20KHzで1dBそこそこしか下がってないようにも見え、それぐらいでは誰も気 づかないはずですが、何か もっと質が低下する理由でもあるのでしょうか。

〜バランスド・シングル
 そういう問題のないものとしてバランスド・シングル(balanced single-ended amplifier)という方法もあるようです。英語表記を付しましたが、その表現が英語圏で一般的というわけではないようで す。バランスド、というのは 平衡な、の意味です。シングルエンデッドの方はアンバランスの概念(シングル・アンプはアンバランス回路)ですから混乱します。 SEPP(シングル・エンデッド・プッシュプル)という語も存在しますが。
 平衡回路(balanced circuit)というのは現在よく話題になるバランス/アンバランス(接続/回路/伝送/増幅)の問題で、アースとは別の二本 の信号ラインを逆相(プラ スとマイナス/正と負/送りと受け/ホットとコールド)に した差 動信号(differential signaling)をやりと りする回路で す。録音現場や PA などで使われる業務用の機器は長いケーブルを引き回すのでノイズを拾いやすく、それを防ぐために全てこの方式で信号のやり取りを しています。一般家庭の オーディオ装置ではそこまで長い距離をつながないし、通常再生機器はアンバランスなので、バランス伝送をしようとすると入出力部 でバランス/アンバランス を変換する回路やトランスが余分に必要になり、良いことは何もないように思えます。でもそれは伝送の問題であり、ここでバランス ド・シングルアンプという と、アンプ内部の信号の受け渡しが平衡回路になっていると言いたいようにも聞こえます。そうなのでしょうか。
 でもバランスド・シングルアンプは回路の形はプッシュプルと最後の所を除いて同じで す。それ もそのはず、PP アンプをスイッチ一つでバ ランスド・シングルにできるし、そういう製品が売られています。信号の片方を逆相にするという意味ではプッシュプルもバラン スド・シングルも基本的には平 衡回路ですから、PP と違えてわざわざバランスド、と言ったのはこの意味ではないのかもしれません。

 前置きを長くしたのは、次の差動アン プでも混 乱するので先に問題提起をしておきたかったからです。バ ランスド・シングルアンプの一般的な説明はこうです:
「シングルアンプ二 台に逆相 の入力を加えて出力トランスで合成したもの」もしくは「プッシュプルアンプの出力トランスをシングルアンプ用二個に置き換えたも の」。
 位相反転回路は必要としているので、それがなくて良いという意味でのシングルアンプ の音質的 メリットはありません。それでも「シングルアンプの音質と二 倍の出力が得られる」と言われます。歪が減ってスルーレートも上がるということです。何よりも低音の厚みと駆動力がアップするの で、ぱっと聞くと劇的に良 くなったように聞こえるそうです。

 どういう回路なのでしょう。どうやらトランジスタ・アンプの BTL(ブリッジ)接続(Bridged/Balanced Transformer Less)と同じことを真空管アンプで行ったもののようです。同じこと、と加えたのは、トランジスタの場合はトランスを省けたの でそう呼ばれても、出力ト ランスが必要な真空管アンプでは上記「トランスフォーマー・レス」の略号がおかしくなるからです。'Tied Load' の略とする考えもありますが、それなら OK です。そしてこの BTL とは、ステレオ・アンプの左右の出力をつなげ、モノラルにする代わりに出力を倍増(正 確には 電圧と電力、トランジスタと真空管、理論値と実際で倍率が違います)さ せる接続方法です。
 そして BTL の ’B’ は上記のように「ブリッジド」であると同時に「バランスド」でもあります。二 台を逆相にするからでしょうが、この接続方法の出力の仕方も関係があるかもしれません。ど ういうことかというと、このアンプから出ているスピーカー接続端子のプラスとマイナスは、プラス(ホット)と アース(GND) ではなく、プラス(ホット)とその逆相のマイナス(コールド)になるということです。スピーカーの場合は後から雑音を打ち消した りするわけでもないのでわ ざわざ「バランス駆動」とは言わないかもしれませんが、スピーカー自体は本来バランス機器だ、と言う人もいます。そうすると、も しシングルアンプの音質が 欲しくてこのアンプを作ったとするなら、スピーカーとの間が期せずしてバランス接続的になった、とは言えます。バランス出力で音 質向上を狙ったのではあり ませ ん。では果たして第一義的にシングルの音質を求める目的で作られた市販のバランスド・シングルアンプというのはあるのでしょう か。大きなシングル用トラン スを使うアンプ二台分の設備になるということはお金がかかります。音質もいいことばかりではなく、二台分ということは回路規模も 二倍であり、それだけ瑞々 しさが減るという説もあります。やはり具体例は少なく、それも今のところパワーの出る送信管などでよりパワーが欲しいときに試さ れる数少ない用例があるだ けのようです。BTL も元々ハイパワーの PA 用だったり、電源電圧が低くてもパワーを出したいカーステレオ用だったりするものです。そもそもこの回路でシングル4つ分規模に なるステレオ構成のもの (BTL に切り替える前の PP ステレオ・アンプという意味ではなくて)自体が製品としては存在してないのではないかと思います。

〜差動プッシュプル
 さらにもう一つ、差動プッシュプル(differential push-pull amplifier)という方法もあります。単に「差動アンプ」、と言う方が一般的でしょうか。ソ リッドステートではよくある仕組みです。プッシュプルに似ていますが、ひとことで言えば、二つの入力信号の差分(差 だけ)を増幅する回路です。そしてこの差分増幅ということがディファレンシャル(差動)の意味なのですが、前 述の平衡回路の「平衡」(バランス)とこの「差動」(ディファレンシャル)を同じ概念として理解してしまうと、「バ ランス伝送」と「差動アンプ」は同じだと言ってしまいかねません。ここに突っ込む人がいるのです。し かもバランス伝送と差 動アンプは二つの信号系統が逆相になっているという意 味では同じであり、「差動伝送」と「平衡伝送」という語は同じ意味 になるので余計に混乱して しまいます。
  整理しますと、まずどこからどこまでの区間が平衡(バランス)かという問題が存在していて、その問題とは別に動作の 仕組みとしての差動(ディファレンシャル)という話があるのです。簡 単にしてしまうなら、 「バランス伝送」という言葉はアンプの外のケーブルの話、「差動アンプ」というのはアンプの内部の回路の話、 ということです。一般的にはこれで済みます。
 ではその差動アンプの 内部は平 衡(バランス)か不平衡(アンバランス)かというと平衡 であり、差 動の要件を満たしていると、内部的には自動的にバランス回路で す。し かし回路の出入り口は不平衡(アンバランス)が普通で あり、バランスにもできます。その場合は「差動アンプであり、かつバランス入出力のアンプ」だという言い方になります。も ういいでしょう。

 具体的にはどんな特徴があるのでしょうか。差動プッシュプルはトランジスタ時代に なって以降 に本格的に発達した技術で、オペアンプも使っています。真空管アンプの時代にはあまり試みられなかった新しい手法ということで、 こと球に関しては主流に なってないのだとか。PP のように二倍以上の出力は望めず、きっかり二倍までしか出ないものの A級動作で音質も良く、プッシュ/プルの動作が完全に一致します。複雑な位相反転回路も必要としません。同相の雑音入力を除去す る性質もあって、クオリ ティ優先派にとってはいいことづくめのように聞こえます。
 シングル・アンプや普通のプッシュプルと比べて肝心の音色はどうなのでしょう。シン グルの音 に近いという人もいます。申し訳ありませんが聞いていないので分かりません。上にまた回路の呼び名の英語表記を付していますが、 海外の記事ではこの回路の論議自体をあ まり探せないように思います。見つけたと思ったら東京在住の人のサ イトのようでした。このアンプは日本では自作派が色々試しているようながら、 実際に売られている製品はまだまだ少ないです。ハイエンド製品の中には A級三結プッシュプルもある中、欠点が何もないのにメーカーが出さないのは本 当にただ知られ てないだけだということがあり得るのでしょうか。大 変知識をお持ちで熱心な方が EL34 差動アンプの回路図を公開しておられるようです。音色自体は部品によっても大きく左右されるものだと私は思いますが、定位や奥行 きなどの出方が違うなどと 言われるとそれは本質的なことであり、大変興味を惹かれます。自慢をするのではなく分かりやすく解説する啓 蒙活動によって多くの人が真似てみる事態になっているようで、素晴らしいことだと思います。この回路、どう捉えるべきかは関わる 方々の献身によってそのう ち明らかになってくることでしょう。良いものならば音色を求める一定の人々の間で主流の製品になる日が来るのかもしれません。

〜SRPP
 シャント・レギュレーテッド・プッシュプル(shunt regulated push pull)の略で、古くからある回路ながら今も色々議論されているようです。「シングルとプッシュプルの中間のような」などと言 う人もいるので取り上げま したが、それはちょっと誤解を招く表現のようです。パワーアンプの出力段ではなく前段(電圧増幅部)で用いるもので、シングルア ンプにもう一個真空管を足 した格好をしているためプッシュプルのように見えるし、名前もそうなっているものの、実はほとんどプッシュプルの動きはせず、出 力インピーダンスを下げて 出力管を上手にドライブする目的の回路だそうです。したがって逆相で打ち消し合うという意味での歪が減るメリットは享受できない もののトータルでの歪は減 り、聞くと音質は素晴らしいという人もいます。メーカーのカタログなどでも誇らしげにうたってある場合があります。

〜SEPP
 これは真空管の回路ではありません。話によく出てきて SRPP と間違えそうなので触れました。シングルエンデッド・プッシュプル(single- ended push pull)の略で、出力トランスを使わないトランジスタでのプッシュプル回路であり、諸特性が優れているために広く普及している ものです。「シングルエン デッド」の名前の由来ですが、普通の真空管 PP は逆相の出力(ホットとコールド)を出力トランスで合成する「ダブルエンデッド」動作なのに対して、SEPP は出力が同相であり、(ホットとコールドではなく)その一端がグラウンドにつながれたシングルエンド出力であるためにそう呼ばれ ます。混同しがちですが 「シングルアンプ」の意味ではありません。


 オー ディオに興味を持つ人でも理系・文系の人種の差のようなものがあるようです。回路の論理を追求する人と音色 や音楽性の感覚が第一義な人などのようにです。 偉大な設計者は両方の資質を持っているのでしょう。私は真空管アンプについては組んだことがあるというだけ の素人です。こうして辞書のように整理すること はラベルを貼って整理棚に仕舞うことに過ぎず、価値があるのは創り出すことやじっくり味わうことだと思いま す。ここでは自分がよく分からなかったことを単 にまとめてみただけですので、間違いがございましたらご教示くださいますようお願い致します。

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お しまい に
 冒頭では良い音がいかに誤解されているかという視 点で書き ました。機器を聞いて、おお、これはすごい音だ、という場合は大抵どこかに強調があります。そ んな興奮を探し続ける行為はフィクションゆえに終わりがありません。優等生的な音はつまらない、アクの強いのが好きだと言う 人がいたら、それは楽器の音を 聞きたいのではなく、『オーディオ』という名のすごい楽器を聞きたいのです。解像度の高い写真は細部の再現性が高い写真です から、近づくか拡大しないとそ れと分かりません。注 *1 で触れた通り、普通に見て解像感があるのはむしろコントラストの高い写真の方です。ディジタル・カメラの場合は解像度を上げ ると色コントラストが落ちると いう難問すらありました。締め括りにもう一度最初のテーマを裏から言っているに過ぎません が、装置の音を「解像度」という語で評する人の多くは別のものを見ているのでしょう。どこにも強調点がなくてただ細部が潰れ ない音があったら、大抵はそれ と気がつかないはずです。これは「ハイスピード」も同じだとすでに述べました。自然な音の場合、生の楽器と同じ音量で聞けば やわらかくも繊細なディテール に目を見張るかもしれませんが、それに気づくのは一部の人だろうし、そもそもそんな機会自体が滅多にありません。ピアノにし ても実物のコンサート・ グランドの音量たるや相当なものなのです。近所迷惑でしょう。ほとんどの人はその何十分の一の音で聞いています。そして音量 を絞ってしまうと、自然過ぎて 誰も気づかない音になります。拍子抜けするような頼りないサウンド、かもしれません。それは人間の耳の特性です。ラウドネ ス・スイッチはそのためにあるわ けですから。反対に小さな音でも崩れないリニアリティがある、などと褒められてるアンプがあるなら、まあそう呼べるケースも ありますが、大きくしたらいっ たいどうなるのでしょう。残念な話だけど、これは都市生活者の夜中の集合住宅では好き勝手はできないという問題に関わってく ることです。

                                                                                          
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 と、ここまで考えてみて、はたと気がつきました。 これまで の論理にはシンパシーがなかったでしょうか。長い間、アンプに付いているヘッドフォン端子の金 の縁取り穴が目障りで、蓋として嵌め込むダミーのツマミまで作ってきました。ヘッドフォンは使わないからですが、常に小さな 音でしか聞けない人だっていま す。そういう人にとってアンプは小音量でも映える音でなければいけません。賑やかな音の機器が溢れている現状はこの一点に集 約されるのかもしれないわけで す。
 プリ不要論ということも述べました。CD 以降はトーン・コントロールが要らなくなった一方で、現代人には本当は自動ラウドネス回路が必要なのでしょう。マッキントッ シュのカーステレオには付いて いました。もちろんディフィート・スイッチは当然としても、スピーカーの能率に応じてそのカーブを調整するツマミがプリアン プには付いてるべきなのかもし れません。 

 お金の面ではないにせよ、自分がどれほど自由な環 境にいら れたかに気づいてませんでした。「誰かを批判したい気持ちになったらだな」と、父は言ったものである「この世の全ての人間が お前のように恵まれてきたわけ じゃないということを、ちょっと思い出してみるのだ」
 今 日一日ですら、ア ルミ缶で歩道いっぱいに膨らんだ袋をサンタのように背中の荷台に括り付けた自転車と擦れ違いざまにぶつかりましたが、そんな ときは政策のあり方やその人の 境遇に思いを致すべきでしょう。乗客にマナーを注意する車掌の大きな声のアナウンスがお節介にも思えましたが、見方は自分自 身を表しています。今度は即座 に言わされている身の不自由を考えてみられるようになりたいものです。今にあればそもそも何も気にならないはずだけど。



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